ドラゴテールアドベンチャー
第三話 『三人目の龍騎士』
作者名:カイル
「それにしても驚いたよ。君もだったんだね」
ボクは、隣にいる少女に向けてそう言った。
彼女の名前はマール。青の龍騎士だ。
「ああ。しかしお前と違って、俺は元に戻れないようだ……」
彼女は、そう言って肩を落として見せる。
残念そうに見えないのは、気のせいなのかなぁ。
あ、なんの話かってのを説明しなくちゃね。
ボクは赤の龍騎士なんだけれど、龍騎士になっているときは決まって女の子の姿になってしまうんだ。念のために言っておくけれど、ボクは男だからね。
でも、龍騎士の姿を解けば、男に戻ることも……いや、そう言うわけじゃないか。
まだ三回しか変身していない(そのうち、自分の意思で変身したのは二回)けれど、そのうち一回は女の子のままだった。
理由はわかっていないけれど。
そして、彼女……マールも、龍騎士となる前は男だったらしい。だけど、龍騎士となってからはそれを解いても女の子のままだという。
これにはなにか、意味があるのだろうか。
「お兄ちゃん。なに考えてるの?」
小夜が、ボクの顔を覗き込んでくる。
「いや、何でもないよ。はやく食料を調達しよう」
ボクはそう言って、気になっていた木の実をもぎ取った。
りんごのような形をしているけれど、実はりんごじゃないらしい。
肉の実、というんだって。焼くとまるでお肉のような味がすることから名づけられたらしい。信じられない話だが、この前実際に口にしてみてそれが真実だということを知った。
この世界も奥が深い。
この『ドラゴテール』という世界は、情報が構築している世界だってことはわかった。
そして、この世界での『死』は肉体すらも残らない、『消滅』だってことも。
『物質世界』から来たボクや小夜には信じられない話だが、実際に『消滅』したところを見せられたら、信じないわけにもいかないだろう。
「それにしても、こっちの世界では家畜ってものはないんだね」
「うん、そう聞いた。牛とか豚とか、食肉ってものもないらしいね。あるのはこんな肉の実とか、魚茸とか、山の幸にほかのいろいろなものが凝縮しているみたい」
まぁ、それもしかたのない話だろう。
死んだら消滅なのだから、食べるために牛とか豚とか鳥とかを殺しても、その場で消滅してしまうもんな。
と、いうわけでボク達は食料調達のために、山奥に来たのだ。
ボク達だけでなく、ほかの人もちゃんと調達に来たんだけれど、もし敵に見つかったときのために少数人数で何チームかに分けられたのだ。
現在のところ、肉の実を五十。魚茸を二十くらい。その他の木の実やキノコが数種類っと。
さて、そろそろ帰るか。
それを小夜とマールに伝えようとした、そのときだった。
「きゃ〜〜〜〜!」
小さかったけれど、間違いなく悲鳴だった。
……声からすると、女の子である。
……誰かに襲われているのか、獣に襲われているのか。
どっちにせよ、助けないっていう道理はない。
「マール、いくよ!」
「ああ!
ボクは、首飾りに手を当てて、それに力を注ぎ込む。そこから赤き光がほとばしり、ボクを包み込み、ボクを龍騎士フレイと変身させた。
一方のマールの変身道具は、腕輪らしい。左腕に装着された青い腕輪から青い光が放出、彼女の服を分解、再構築する。
龍騎士の二人が、この場に降臨した。
ボクとマールは、互いに頷き合うとその悲鳴のしたと思われる方向に向かって飛翔した。
ボクは赤い翼で、マールは薄手の羽衣を使って。
程なく、悲鳴を上げたと思しき人物のところにたどり着いた。
驚いたことに、その人物は白衣朱袴……いわゆる、巫女さんのような服装をしていたのだ。
その人物……巫女のような姿をしていた少女は、三人の男から襲われようとしていたのだ。
「さぁ、知っているんだろう? わざわざリアルワールドから召喚された、適合者さん?」
「あなた達に教えられるわけがないわ」
リアルワールド? ひょっとして、ボク達の世界のことを指しているのだろうか。それは大体わかるとして、適合者って、何の話だ?
「おい、フレイ。考え込んでいる暇はないぜ。はやくあの娘を助けよう!」
おっと、そうだった。
話は、艦に戻ってからゆっくりと聞けばいい。
ボクとマールは、それぞれに武器を構える。
そして、声高らかに叫んだ。
「ちょっとまった!」
男三人衆が、こっちを睨んでくる。友好的とは、お世辞にも言えない人種の人達である。
「その娘を傷つけることは、ボク達が許さない!」
「なにぃ、貴様等、何者だ!」
「貴様等なぞに、名乗る名などない!」
ああ、一回言ってみたかったんだよね、こう言う台詞。
言えて満足です。
「ふざけやがって……来い、ドラゴン!」
男の声に応じるように、バサッバサッと羽音を立てながらやってきたのは……ボクが龍騎士になってから、初めて倒した龍だった。
えっと、つまりは下級の龍だってことだよね?
『まったく、なにをふざけているつもりなのだろうか。この程度、龍騎士の能力を持ってすれば、瞬殺だぞ』
はいはい。
襲い掛かる龍を、剣を一振りして切り裂いてやる。
これと同じ龍に一度に数千匹と戦ったこともあるボクである。これくらい、軽い軽い。
「なに! 貴様等、只者じゃないな!」
「名を名乗れ!」
「だから、あんた等に名乗る名前なんてないんだって。学習能力ないのか、オジさん達……」
その言葉にムカッと来たのか、三人の目がボク達二人に集中する。
ここで小夜があの子を助ければ……
……って、しまった。小夜、置いてきちゃったんだった。
こんなことなら、奴等になにも言わずに背後から襲っちゃえば良かったな。
「やいやいやい。貴様等、こんな美少女に手を上げるつもりなのか!」
いや、マール……君に男としてのプライドはないのか? マール一人を見る限り、美少女だというのは否めない。彼女がそう言うからには、きっとボク自身も美少女なのだろう(あまり考えたくないことだけど)。
っていうか、事実だったとしても自分でいうか、普通。
まぁいいか。
男三人衆のうち、二人の男がでかい両刃剣を持って襲い掛かってきた。
動きに策があるとは思えない、お粗末な攻撃方法である。
振り下ろされる剣を紙一重でよけ、男の脇腹に剣の柄を使って当て身を与えた。
横を見てみれば、後一人の男はマールが仕留めていた。
「安心しろ。峰打ちだ」
う、そのセリフも言ってみたかったんだけど……
しょうがないか、ボクがやったのは当て身であって、峰打ちじゃないんだし……
「さて、どうする? その娘をおいて逃げるんだったら、命は助けてやろうじゃないか」
「くそ、ここまでやる奴だとはな。だが、俺は貴様等のような得体の知れない奴に負けるわけにはいけないのだ! こんなことが国に知れたら、大失態……階級が下がることもありうる。あのお方も、お怒りになるだろう」
……典型的な、三流悪役って奴らしい。
わざわざそんなことまで話す奴なんて、普通いないぞ。
「はははは、あのお方にいただいた力……今こそ使うとき!」
彼の体が、金色に輝き出す……
でもねぇ。いくら力があったって、その力を使わせる前に倒しちゃうのが一番でしょう。
それに、奴の準備を待つ義理なんて、こっちには微塵もないのだ。
と、言うわけで。
「火球よ!」
「氷槍よ!」
ボクとマールの放った技が、金色に輝く奴を、打ち抜いた。
ギャッという悲鳴が上がるけれど、それで赦してもらえるなんて甘い話である。
ボクは何度も火球を、マールは氷槍を繰り出した。炎と氷がぶつかり合い、蒸気が上がる。
「これくらいでいいかな?」
ボクは、炎を打ち出すのを止めた。
蒸気の中からは、何の気配も感じない。
倒したのか。
そう思ったボクは、少女のほうに向き直った。
「大丈夫?」
彼女に、微笑みかけてみる。
彼女は、無言のままコクリと頷いた。
なかなかに可愛いなぁ。年のころで言ったら、十五〜十六あたりだろう。ボクの一つか二つ下あたりなんだろうな。
「ボクは……フレイ。またの名を、緋村更夜って言うんだ」
「涼風、柚(ゆず)です。あの、もしかしてあっちの世界……リアルワールドから?」
「リアルワールドが物質世界を指しているって言うんだったら、多分そうだよ。日本の高校生なんだ」
「あ、私は……中学生です。私立セントクリスタル女学園に通っている」
私立セントクリスタル学園か。
小学校から高校まで、エスカレート式の。
「あ、じゃあ近所だ。ボクは県立紅葉高等学校だから」
近所、といっても同じ地区にあるだけでまったく関わりがないんだけどね。
「おい、なにを話しているんだよ。コウコウセイだとか、ジョガクインだとか・・・・・・」
マールにはわからなくて当然である。だって、ボク達の世界の話なんだから。
あ、そう言えば小夜を置いてきちゃったな。集めた食材なんかもいっしょだから、あれを持って歩くのはかなり大変だろう。戻って、荷物持ちを手伝わないと。
そう思っていたのだが、ぞくりとする何かを感じた。その感覚の発生源は、いまだに上がりつづける蒸気の中からである。
おかしいぞ、時間がたっているのに……まだ蒸気が出ているなんて!
「アの位デ俺を殺っタと思っていルンだっタラ、大間違イだゼ!」
蒸気が、やっと晴れた。だけど、そこに立っていたのは人間の男じゃなかった。半人半竜、というのが一番わかりやすい。
頭部は完全な竜。体も竜鱗で覆われている。ゲームなどでみた、リザードマンのような姿だ。
彼は、さっき襲ってきた奴等とは比べ物にならないほどのスピードでボクに襲い掛かってきた。
彼の爪とボクの双剣がぶつかり合う。
「マール! その娘を連れて、はやく逃げるんだ!」
「しかし……」
「ここはボクが食い止めるから! その娘と……小夜を、はやく艦に連れ戻してくれ!」
目は、目の前のリザードマン(とりあえず、こう呼んでおく)に向けておく。
いったいこいつ、何者なんだ? フレイア、君は知っているかい?
『わからん……合成獣、という可能性もある』
合成獣って、あの漫画なんかに出て来たりする・・・・・・二つ以上の生き物を混ぜ合わせた奴?
キメラ、だとかキマイラ、だとか言われている?
『多分、お前の考えているやつであっていると思う。だが、奴は突然変貌した……』
狼男のように……?
そうこう考えているうちに、リザードマンは大きく息を吸い込んだ。
本能的に、やばいと思った。だから、なりふりかまわずに後ろへ跳ぶ。そして、空中へ飛翔した。
それが、良かった。彼は、口から吹雪を吐いたのだ。あっという間に、あたりの木が凍り付いていく。
吹雪まで吐くことができるのか……こりゃ、大変そうだな。
「どうしタ、女……アの二人を逃がしタカらといって、俺がお前を逃がスと思っているノカ?」
思っちゃいないけれど、逃げ出したいのは確かである。
それにしてもあのリザードマン、ボクとマールが放った火球と氷槍は効かなかったのだろうか。
ただ単に、火と氷という相反する二つがぶつかり合って、奴の体に届く前に雲散霧消したからなのか? いや、それだったら二つがぶつかった際に、急激な温度変化による水蒸気爆発が起きてもおかしくはない。
まぁ、そんなことは後で考えよう。ボクはそんな頭を使ったことは苦手なので、考えるだけ頭が痛くなるだけだ。
気配から、マールと少女が逃げたことはわかっている。
後は、目の前にいる奴を倒すか、時間を稼いで逃げるか。
どっちにせよ、しばらく闘うことに変わりはない。
こんな森の中じゃ、『炎』を使ったらあたり一面火事になってしまう。
別に自然を守るために言っているんじゃない。小夜やマールが逃げるときに、火事になったりしたら必ず支障が出る。それに、森の中に着陸した艦に火が移っては大変だ。
だから、炎は使えない。剣技のみを使って、奴に勝たなければいけないのだ。
ボクとリザードマン、二人の視線が交差する。
小夜たちは、ちゃんと逃げれただろうか……そんな不安が心をよぎるが、この敵と戦うことに専念しないと。
じゃないと、小夜たちに危険が回ることになる。
ボクは空を蹴り、リザードマンに向かって跳びかかっていった。
もぅ。お兄ちゃんたちったら、私をおいて先に行っちゃって……
こんなにたくさんの食料を、私一人で艦に持って帰れって言うの? うう、重いなぁ。
確かに、私にも悲鳴は聞こえたよ。でも、だからといって二人で行っちゃうことはないんじゃない。せめて、どちらか片方だけ行く、とか……
そのとき、私……坂井小夜の頭の中に、お兄ちゃん(緋村更夜)とのツーショットが浮かんでいたなんてこと、誰にも言えない秘密です。きゃっ。
この前、魔法を教えてもらったんだけれど、使えるようになったのは防御魔法だけ。ほかの魔法は、全然駄目。使おうと思っても、弱すぎて実際に使えるような魔法とはならないの。
たとえば、今一番適している魔法って言うのは、私に足らない『腕力』を上げる魔法なんだけれど……使ったとしても、さほど変わりない腕力となるだけ。
私を指導していた魔道師さんも言っていた。『防御魔法は強力な奴が使えるくせに、ほかの魔法は全然駄目だな』って。えっと、ほかには『偏った天才』とも言われたっけ。うう、あまり嬉しくないよぅ……
「あれ? あれって……マールさん?」
青の龍騎士、マールさんともう一人……巫女少女が、こっちに走ってきているのがわかる。
その少女が、今さっきの悲鳴を上げた人だとしても……なんで、お兄ちゃんがいないの?
「小夜! フレイが敵を食い止めてくれている。今のうちに、はやく逃げるぞ!」
お兄ちゃんが?
「まだ、敵が潜んでいるかもしれない。早いところ艦に戻るぞ」
「待ってください」
黒髪の少女が、マールの袖を引っ張る。
「あなた達、何者なんですか? 緋村さんのことは、少し聞いたけれど、私……あなた達のことを信用したわけじゃありません」
……お兄ちゃんも、マールさんも説明をしていなかったの?
お兄ちゃんらしいといえばお兄ちゃんらしいけれど。
「私、坂井小夜……」
いつもなら、お兄ちゃんの後ろに隠れるんだけど……今は、お兄ちゃんがいない。
私は、勇気を出して声を振り絞った。お兄ちゃんがいっしょにいれば、安心できる。だけど、お兄ちゃんは今はいない。だから、いつも以上に気張って声を出した。
「あの、あの方……もしかして、女装?」
「ちがうわ……。お兄ちゃんは、龍騎士なの。神龍の力を宿した、ね。それで、龍騎士フレイとなっているときはなぜかあの姿になっちゃうの」
それにしても、女装と間違われるなんて……
お兄ちゃん、きっと名前だけ言ったのね。更夜なんて名前の女の子、いるわけないし。だからこんな混乱を招くのよ。
帰ってきたら、お兄ちゃんにちゃんと注意してあげなきゃ!
「あの、自己紹介がまだでしたね。私の名前は涼風柚です」
すずかぜ、ゆず?
響き的には、日本の名前だった。もしかして、彼女も私達と同じく……
「あなた、もしかして」
「はい……リアルワールドの、私立セントクリスタル学園中学部に通っています。緋村さんにも聞かれましたので」
やっぱり……
「あの、それより……私、行かなければいけないところがあるんです!」
え? いかなければいけない?
「おいおい。こっちは追われている身だぜ? 物見遊山は・・・・・・」
「物見遊山じゃありません! 私は、緑の神龍のところに行かなければいけないんです!」
その言葉を聞き、私とマールさんは驚愕した。
すでに、お兄ちゃんとマールさんという、二人の龍騎士がそろっている。こう都合良く、三つ目の神龍の場所もわかってしまうなんて……
待って。そう言えば……ティアさん、いってた。『次は、緑だな』って。あれが、『次は緑の神龍のいそうな場所に行く』って意味だったら、十分ありうる……。
マールさんは、神龍伝説の残る地域を旅して回っていた。つまり、お兄ちゃんとマールさんの、二人の龍騎士が会うのは、ある意味必然だったとも言えるんじゃないだろうか。
そして、ティアさんは神龍伝説の残る地域を知っていたのだろう。
ちょっと前に、それぞれの龍を信仰していた地域も教えてもらったことだし。その、信仰していた場所に神龍がいたとしても、ちっとも不思議ではない。
ってことは、これは偶然じゃなくて……必然?
「マールさん……」
私が、そこまで言っただけで彼女は頷いてくれた。
「二人も龍騎士がそろったんだ。三人目がいると、もっとこっちの戦力がアップする。それに、龍騎士が二人いれば、片一方がフレイの助けにいっている間にもう片方が小夜をつれて艦に逃げることも可能だ」
つれて、逃げる……
確かに、私は足手まといにしかならないんだろう。
一朝一夕に覚えた魔法じゃ、龍に勝てるはずがない……お兄ちゃんにも言われたそれは、頭では理解したつもりでいる。
でも、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが戦っているのに、私がなにもしないなんてこと……できないよ。
「おっと、俺の自己紹介が送れたな」
シャキーンと効果音が出そうなポーズを取り、女の子にあるまじき言葉遣いで言い放った。
「俺は! 青の龍騎士! マールだ!」
どど〜〜〜ん!
やはり、効果音が聞こえてきそうなポーズだ。
うう、やっぱりこの人には付いていけそうにないよぅ。
「そんなことしているひまはないんですけど……」
意味のなさそうなポーズに対し、柚ちゃんは小さくそう言った。
だけど、その声がマールさんに届いているはずがない。典型的、自己中な人みたいだもん……
「じゃあ君! その神龍のところまで、俺が護衛する! 小夜もいっしょに来いよ。フレイから頼まれたもんな。お前のことを頼むって」
お兄ちゃんから……
正直、目頭が熱くなった。ちゃんと、心配してくれたんだ……
「えっと。この森の中心に、緑の神龍を祭った大きい社があるんです。それを中心として、東西南北に小さい社があって、その中の西に位置するところの地下に、神龍が眠っているそうなんです」
そう言われても、今私達がいる場所が、どの辺って言うのがわからないんですけれど。
「ちょっと待ってな。空飛んで、今どの辺か調べてくる」
唐突にそう言い出したマールさんは、私達の言葉も聞かずに飛翔した。
後に残されたのは、私と柚ちゃんだけだった。
「えっと、坂井さん?」
「名前で呼んで。苗字で呼ばれるのって、嫌いなの」
そう。お兄ちゃんと、違う苗字……お父さんとお母さんが別れた際に、お母さんの旧姓を名乗ることとなってしまった苗字。私は、それが嫌い。
「だったら小夜さんは、緋村さんと、どう言う関係なんですか?」
「兄妹よ」
とっさに、そう言った。
「え……だって、苗字が」
「お父さんとお母さんが、別れたの」
淡々と事実を告げる自分の口が、自分で信じられなかった。
私、何でこんなこと喋っているんだろう。
「だから、私とお兄ちゃんは別々の苗字で暮らしているの。本当なら、双子の兄妹……仲良く暮らせたはずなのにね」
「ごめんなさい。いけないこと、きいちゃって。あの、それと…… 緋村さんって、本当は男の人ですよね? 後、マールさんも」
質問の意図はつかめないけれど、事実は事実。言葉には出さずに、首を縦に振ることでその事を伝えた。
「だったら、私……」
そこで、彼女は言いとどまった。言葉を飲み込むようにして、彼女はうつむいている。顔は、心なしか青ざめているようにも見える。
彼女が何を言おうとしていたのか、私にはわからない。でも、それを無理に聞こうとは思わない。
聞いて、どうなるものじゃないし……言いたければ、本人から話すと思う。だから、それまでは、そっとしておこうと思う。
結局、マールさんが帰ってきて、その話は有耶無耶に終わってしまった。
「一応、方位磁石使って方角は確認できた。どうやら、この近くらしいぞ」
マールさんは、相変わらず男言葉を使って話している。
今は女の人なんだから、女言葉を使ってもいいのに……
とにかく、今、私達は社に向かって走っている。途中、化け物に襲われたりしたけれど、マールさんが守ってくれた。そして、やっとのことで西の社にたどり着いた。
その社は、本当に小さなもので、そんな特殊なものにはとてもじゃないけれど見えない。
だからこそ、こう言う社に封印されたのかもしれないけれど。
「確か、ここあたりに……ありました! 隠し階段です!」
私が呆然と社を見ていたら、柚ちゃんが社の後ろから呼びかけた。
そんなところに隠し通路があるなんて……
ありがちって言ったらありがちだけど、ありがち過ぎて誰もやらないだろう、こんなこと。
いったい、どんな人が神龍たちを封印したんだろうか。そんな疑問が、私の脳裏を掠めた。
「……どうやら、緑の神龍がいるのは間違いないらしい。俺の中の青の神龍が、そう告げているからな」
わざわざ格好つけて言うことなの? お兄ちゃんはそんなポーズとりながらセリフ言ったりしたことがないから、わかんないよ。
それはともかく、私は赤の神龍の封印されていた場所にいってみたことがあるけれど……地下へと降りる階段。あの場所と、そっくり。そして、ここからも見えるドアからあふれる気配が、あの時とそっくり……
正直、怖い……
「あけるぞ」
先頭に立っていたマールさんが、そう宣言してからそのドアを開けた。
あの時と同じ雰囲気の部屋。
そして、あの時と同じく部屋の真ん中には龍の像がある。
『何者ですか? こんなところにようがあるなんて』
とたん、頭に響く声が聞こえてくる。
「何、今の声……?」
「神龍だよ。俺が龍騎士になったときも、同じような声が聞こえてきた」
『青の神龍に選ばれたものもいますか。如何なる理由があって、ここに来たのですか、あなた方は』
あの時と同じく、龍の像が光を放つ。あの時と違うのは、その光の色……あのときの光は赤だったけれど、今回はエメラルドのような、緑だった。
光は収束し、一人の人物をかたどった。エメラルドグリーンの髪の毛は、少々長めのボブカットにされている。
『なるほど。私の力を借りようというのですね? 青の神龍』
「そう言うことだぜぃ。緑の神龍さんよぉ」
…………え?
今の声って、マールさんのほうから聞こえたんだけれど……でも、マールさんのいつもの話し方とは、違う。別人、って感じがするんだけれど、まさか、今のって……
「既に、赤の神龍の奴も龍騎士を見つけたからなぁ。お前さんがそろえば、半分がそろうってわけだ。ひひひひ」
まさかとは思うんだけど、これが青の神龍? フレイアさんとは、全然違う話し方……まぁでも、フレイアさんも結構ユーモアたっぷりに話していたりするし……
『ええ、確かにそうでしょう。資格のあるものが現れた以上、試さなければいけません。柚さん、前へ、出なさい』
「はい」
恐る恐る、といった感じで彼女は神龍の元へと歩みを進める。
『では、いきます』
次の瞬間、柚ちゃんの身体を、緑の光が包み込んだ。かすかに聞こえてくるのは、風切り音だろうか。
いったいあの光の中で、どんな風になっているのかは判らない。同じことを体験した、お兄ちゃんやマールさんだったらわかるかもしれないけれど。
「あ」
急に、光が消えて行く。
光が消えたとき。そこにいたのは、巫女の服を来た柚ちゃんじゃなかった。お兄ちゃんやマールさんが着ている服を、緑色にしたような、そんな服を着ている少女が、そこにいた。
ライトグリーンの髪と、目をしている。それでも、彼女が柚ちゃんだって事は、一目でわかる。
「……私、龍騎士に、なれたの? ……はい……はい……わかってます」
多分、彼女の中の神龍と話しているんだろうけれど……それを知らなかったら、ただの電波さんと間違われてもしょうがないよ。あ、お兄ちゃんもか。たまに、ぶつぶつ言っている事あるし……
「柚っつったな。俺は小夜を、艦につれていく。おまえはフレイを助けてやれ。艦の場所を知っているのは、俺達だけだからな。それに……お前の『力』の試運転のためにも、な」
……残念だけれど、私は何もできない。非力な人間。
攻撃用の魔法も使えず、ただの足手まといにしかならない。だから、せめて……お兄ちゃんたちの邪魔にならないようにしたいと思う。
「艦の場所は、お兄ちゃんに教えてもらってね」
コクリ、と龍騎士になった彼女は、頷いた。
私は、マールさんと共に艦へと帰った。非力な自分を、呪いながら。
「はぁ……はぁ……」
ボクは、リザードマンと戦っていた。すばしっこい上に、こちらが『炎』を使えないことが原因となって闘いが長引いてしまっている。
だけど、リザードマンはその一匹だけではなかったのだ。
はじめに気絶させた、二人のオジさん達も、同じように『変化』したのだ。
さすがに、炎を使わずに一対三は、キツイ。
しかもあっちは、なりふりかまわずに炎などを吐いてくる。燃え上がった木を切り倒したりして、火を消したりする努力のおかげで、森が火事にならずにすんでいるのだ。
でもそれが、隙を見せているってことはわかっている。
「焼ケ死ネ!」
リザードマンたちが、いっせいに炎の息吹を吐く。
幸いにして、ボク一人を狙ったものらしいから、被害が少なくて済む。
あ、それと炎はボクには効かない。逆に、吸収することが可能なのだ。
互いに決定打を与えることが不可能なために、闘いが長引いてしまっている事は事実だ。
「ちぇ。近づいてくれば、倒せるのに……」
奴等は、一度接近戦をしたときに痛い目にあったのが堪えたのだろう。遠距離攻撃のみを、放ってきている。
吹雪を吐いたりする分はまだかまわないけれど、炎を吐くのは勘弁してほしい。ボクとしては消さないと、困ったことになっちゃうのだから。
「オジさんたち。翼がないってことは、飛べないの?」
ふと気づいたボクは、そんな戯けた事を口走った。
当然のことながら、言葉が返ってくる様子はない。
「だったら……確かめてあげるよ!」
そう言い放ち、ボクは飛翔した。
枝の間をかいくぐり、空へとでてくる。
そして……リザードマンが三人そろって、追っかけてきた!
今まで隠していたのか、その背中には立派な羽根がある。
「なんだ、飛べるのか」
『おいフレイ。何のために空に出てきたのだ?』
何のためって? もうちょっとで判るはずだから、ちょっと黙っていてよ。
ボクは、さらに上空へと駆けた。奴等は、ボクの思惑通りついて来る。
「このあたりでいいかな。じゃあオジさんたち。さっそくで悪いけれど……」
剣先に炎を灯らせつつ、ボクは言葉を放つ。
ここなら、森に被害を与えることなく炎を使うことができる!
「本気で、いかせてもらうよ」
双剣に灯った炎を、飛んできた三人のリザードマンに浴びせた。
ボクが炎を使うことを予測することができなかったのか、驚愕の表情を浮かべながら、まともに炎を浴びた。
ボクはそのまま炎の中に飛び込み、そのなかでもがく三人のリザードマンを切り捨てた。
相手の気配が消えた様子がなかったので、すかさず『盟約の言葉』を唱え、鳳凰天昇波を放った。
出現した神鳥は、三体。墜落する三体のリザードマンに、ぶち当てた。
大爆発と共に、彼等の身体が情報の塵となって消えて行く。
「ふぅ」
『油断だけはするな。奴等の仲間がいないとは、限らないからな』
それはその通りである。たった三人で、この広い森の中に女の子一人を追いかけてくるとは、思えない。
ボクが敵の大将だったら、情報の流出を防ぐために山狩りをしてでも探し出そうとするだろう。
まぁ、情報の大きさにもよるけれど……
「緋村さん!」
あれ? この声は……なんで、こんなところで柚ちゃんの声が?
「って、うわ! その格好って……」
「はい。龍騎士に、私もなりました。今の私は、緑の龍騎士です。……龍騎士としての、名前はまだ決めていませんが」
はぁ、そなの。
………待てよ。この娘は、たった今、龍騎士になった。つまり、彼女は『緑の神龍』の場所を知っていたということになる。
重大な情報を、握っていたということは、山狩りをする価値は……十分にある。
それに、この森の近くに、飛空戦艦は停泊させてあるのだ。それを見つけられたら、大変である。
「大変だ! 柚ちゃん!」
「は、はい?」
「あ、ごめん。初対面で柚ちゃんは、なかったかな?」
「いえ、別にかまいません。あなたの妹さんからも、そう呼ばれたから」
小夜も……
やっぱり双子なんだなぁ、と思う瞬間である。
っと。今は、それどころじゃない。
「柚ちゃん。ディアドラゴって、知ってる?」
「はい。私は一週間ほど前に『メタファライズ』されました。そのときに、こちらの世界の情勢は教えられましたので」
彼女の言葉の中の、『メタファライズ』という単語が気になったが、多分召喚のことを言っているのだと勝手に認識した。
「ボク達は、それに対する反乱軍を結成しているんだ。柚ちゃんも、いっしょにくる?」
「はい。喜んで」
彼女は、にこりと笑ってそれに応じてくれた。
「ところで、追われているようだったけど……どれくらいの敵に追われていたの?」
「それが……わからないんです。私は、森の中であの三人出くわしただけですから」
「……敵がどれくらいいるかわからない。空から直接艦にいったら、地上から確認されるかもしれないからね。地面すれすれを飛んでいこう」
「はい!」
ボクは森の中では『炎』を使うことができないが、柚ちゃんだったら『力』を使うことができるかもしれない。
そんな期待を胸に、ボク達は地上に降り立った。地上に降り立ったとたん、妖しいオジさん六人組みがボク達を出迎えてくれた。
「怪しい奴は排除せよ!」
「イエッサ!」
「イエッサ!」
妙なノリの三人組みと。
「キル……キル・キル・キル・キル!」
「デス……デス・デス・デス・デス!」
「ダイ……ダイ・ダイ・ダイ・ダイ!」
とってもアブなそ〜な三人組み。
「柚ちゃん……敵って、こんな奴ばっかりなの?」
「う〜〜〜〜ん。国を襲った奴等も、アブなそうな人達ばっかりだったから……もしかしたら、ですね」
いったい、なんなんだろう。ディアドラゴの国って。
こんなおかしい奴等を雇うほど、人員が不足しているのだろうか。
ボクだったら即・解雇にするんだけどなぁ。
「キル・キル・キル・キル!」
「デス・デス・デス・デス!」
「ダイ・ダイ・ダイ・ダイ!」
げ!
アブなそうな奴等の顔と、手の形が変わっていく!
顔と両手を、蜥蜴の頭部のような形に……いや、あれは多分ドラゴンの頭部なんだろう。
「我等はこれより、敵殲滅作戦を実行する!」
「イエッサ!」
「イエッサ!」
「と、いうわけで……変身だ!」
「了承! 変身!」
「了承! 変身!」
妙なノリの三人組みは、ちょっと滑稽な変身であった。
身体の部分が翼を生やした蛇なのだが、顔はそのまま、人間の顔なのだ。
しかもぶっさいくな、オジさんの顔である。
ボクは、笑いを必死にこらえた。隣では柚ちゃんが肩を震わせているから、多分彼女も笑いをこらえているのだろう。
「緋村さん。ここは、私に任せてください。私は、風と樹を司る緑の龍騎士……森は、私の力が最大限に生かすことができます!」
彼女は、そう宣言した。
……まぁ、彼女は龍騎士になりたてだ。『力』の使い方を、覚える必要があるのだろう。
木々がざわめき始めた。
それと同時に、空気が渦を巻き始める。
人面竜(笑)が、飛びかかったその瞬間。見えざる刃が、人面竜らを切り裂いた。
見えざる刃、と言ってみてはみたが……実は、ボクには見えていた。
刃の正体は、木々から離れた落葉。それが、鋭い刃と化して人面竜らを襲ったのだ。いや、それだけじゃない。風の刃……カマイタチも、人面竜を切り裂いた刃のひとつだ。
また、そのあたりに落ちていた小枝なども、針となって襲いかかった。
森の中にいる限り……彼女は、武器に困ることはありえない。木の葉ですらも武器とした彼女の力は、他のあらゆる植物をも武器とするだろう。
……ってのは、フレイアの言葉を抜粋したものであることを、付け加えておこう。
「キル!」
「デス!」
「ダイ!」
人面竜は倒したが、三体の三頭竜は、倒れていなかった。
……計九つある口を、大きく開けて……その奥から見えるのは……赤!
まずい! あいつら炎を吐くつもりだ!
剣を抜き、地を蹴り、奴等の元へと急ぐ。だが、間に合わない!
剣が突き刺さる、10センチくらい手前で、彼等は炎を吐いた!
駄目だ! 火事になる! そう思った、次の瞬間。炎が、巻き戻った。
三頭竜も、何が起こったのかわからなかったのだろう(無論、ボクもわからないんだけど)。成す術もなく、自身の吐いた炎を身に受けた。
炎に巻き込まれてもこっちは痛くも痒くもない(逆に心地よいぐらい)なんだけど、ボクはすぐに後戻りして、柚ちゃんの元へと走った。
「風は炎をまきちらすこともできます。ですが、使いようによっては炎を閉じ込めることもできます。『風の結界』の中に……」
そう言われて、初めて気がついた。
三頭竜の吐いた炎が、ある地点で吹き飛ばされているのに。それが、中心に向かって渦を巻いていることに。
あれが、風の結界ってことなのかな。
「ですが、風の結界には物理的なものを閉じ込める力はありません。その気になれば、脱出は簡単です」
そりゃそうだろう。ボクも今さっきまで、あの風の結界内にいたんだから。
だったら、あの結界内でさっさと仕留めたほうがいいね。
「柚ちゃん。あの『風の結界』。まだ、持続させておいてね」
ボクが何をしようとしているのか、彼女は察したのだろう。短く、「はい」という声をあげてくれた。
両手を合わせ、そこに『力』を集中させる。『力』が集中してきたところで、その『力』に炎という属性を与えた。
バスケットボールぐらいの大きさの火球が、そこに生まれた。
「そりゃ!」
掛け声と共に投げつけた火球は、風の結界の中にするりと入った。
そして……
どが〜〜〜〜〜〜〜ん!
ものの見事に、爆発を引き起こした。
あの火球は、何かにぶつかると爆発するようになっているのだ。
多分、中にいた三頭竜にでもあたったのだろう。風の結界のおかげで、爆発の影響で森が火事になることは避けられた。
ともあれ、爆煙の中から三頭竜は見つからなかった。ただ、かわりに……地面が焦げ付いていたけど。
何はともあれ、敵は倒したのだ!
よし! 帰ろう!
「じゃあ柚ちゃん。ボクの後についてきてね」
「はい」
ボクが先に走り、柚ちゃんが後を追うという形で、森の中を疾走した。
途中、今さっきのようなオジさん達に出会いもしたけれど、『炎』と『風』で蹴散らした。
後は、艦の場所へと急ぐだけである。
「あの、緋村さん」
「何、柚ちゃん」
「……龍騎士になって、性別が変わって……どう思いますか?」
どう思うって、聞かれてもなぁ。
性別が変わるのは、基本的に戦闘中だけ……あ。あの時は、戻らなかったんだった。
それでも、その時間は短かったし。確認する時間もなかったし。
「よく、わからないかな。龍騎士になったのは、無理やりだったけど…まぁ、何とかなるかなって思うし。女の子になっちゃうのも、基本的に戦っているときだけだから、気にする余裕ってのもないしね」
「そうですか。あと、ひとつ聞きたいんですが……緋村さんと小夜さんは、こちらに来てどれくらいたつんですか?」
え〜〜〜と。確か……こっちに来て、龍騎士になって……戦って、三日ぐらい寝込んで。その次の日ってのが、今日だから……
「四日ぐらいかな」
「……と、いうことは……七月十三日あたりに、メタファライズさせられたってことになるんですね」
「え? ボクが召喚されたのは七月十日。学校が終わってからだよ」
え? という疑問の表情になる彼女。
確か、彼女は一週間ほど前に召喚されたって言っていたんだけど……
「じゃあ、逆に聞くけど。柚ちゃんが召喚されたのって、いつ?」
「七月十日、のはずなんですけど。それじゃあ、計算が合わないんですよ。私は一週間前。緋村さんは四日前。なのに、同じ日に、メタファライズされている……」
「あのさ、今さっきからメタファライズとか言っているけど、それって何?」
こっちとしては、ただ召喚されたって事しか知らないのだ。メタファライズとは何か、知っておく必要は……なさそうだけど、それでも知っておきたいってのが人情だ。
「説明、されてないんですね。えっと、じゃあこっちの世界が、情報として構築された世界だって事は、知っていますよね。つまり、データの集まりの世界ということを」
まぁ、聞いたけど……何?
「私達の世界は物質。こっちの世界は情報。でも、物質世界のものが情報世界にくることは、普通は不可能なんです。ですが、物質を情報……データに転換させれば、物質世界から、こっちの情報世界へと転送できるんです」
「まぁ、大体はわかったよ。つまり、物質をデータに転換させることを、『メタファライズ』って言うんだね」
「はい。その逆を、『リアライズ』っていうらしいです」
「それにしても柚ちゃん」
「はい?」
「ずっと敬語だけど……別に、そんな堅苦しくならなくてもいいんだよ」
ずっと気になってきたことである。
いくら年下だからといっても、ここまで敬語を使われても……ちょっと、背中が痒くなってしまう。
「気にしないでください。癖なんです。敬語で話したりするのが」
癖って……一体、どんな家庭なんだろうか。気になるけれど、聞かれたくないことってのもあるだろうから、聞かないことにする。
ボクだって、家のこととか……喋りたくないことってのが、あるから。
「さて、見えてきた」
ボクと柚ちゃんは、ちょっとした丘までやってきた。
そのちょっとした丘には、洞穴らしきものがある。
「ここだよ」
「へぇ……」
「やっとみつけたわ。ねぇ、神龍の騎士さん」
…………なんか、変な声が聞こえてきた。
その声のした方向をみてみると……やっぱり、変な奴がいた。
変な服装をした、女だ。しかも、あの髪型は……ちょんまげ?
「神龍の場所を探っていましたが……まさか神龍の騎士が、こんな小娘とは。そこの赤髪の女。神龍の騎士をさしだせば、見逃してあげましょう」
……なんだ、あいつは。
どうやら、柚ちゃんのことを『龍騎士』だということはわかっているようだけど……ボクも、龍騎士だってことは悟られていないようである。
さらに言えば、艦を隠していることも、ボク達二人が反乱軍だってことも知らないんだろう。
「わたせっていわれても、やだよ。あんたのような変な格好した奴の言うことなんて、聞きたくないもん」
だったら、変な格好をしていなければ言う事を聞くのかと言われるかも知れないけど……そのときは、別の理由を考えて言い訳をするだろう。
だって、あんな台詞を言う奴って、悪役ってのが相場が決まっているもんね。しかも三流の。
「なんですって! この私……マリクレ……」
「あ! あれはなんだ!」
「へ?」
と、あっち向いたところでファイア!
ものの見事に、ボクの放った炎は直撃、爆発した。
ちょうど、あの人が立っていたところの近くに可燃物がなかったから、遠慮なく炎を使えたのだ。
それにしてもあんなあほらしい手に引っかかるとは……やっておいて、自分でビックリです。
「今のうちに、さっさと逃げよう」
丘にある洞穴に、ボク達は進んでいった。当然のことながら、周りを気にしながら。
少し進むと、洞穴とは思えない材質の壁になっていった。まぁ、この丘自体が、戦艦の擬態なんだからしょうがない。
さらに進むと、もうそこは艦の中である。
ボクは迷わずに、操舵室へと向かう。
操舵室と、自分の部屋と、甲板への道、出入り口、トイレ、お風呂、小夜の部屋、食堂、訓練施設。これだけは、頭の中にちゃんといれてある。
この艦には、もっとたくさんの部屋があるのだけれど、全部を覚えきったわけじゃないのだ。
「ティア。入隊希望者、連れてきたよ」
操舵室のドアを開け、ティアの姿を確認してからそう言葉を放った。
「あ、うん。小夜とマールから話は聞いているよ。それに、このあたりの森に隠れつづけるのは、危険らしいから、もうそろそろ離陸するよ。
それはそうと……君が、緑の龍騎士…涼風柚ちゃんだね。小夜とマールから、話は聞いたから」
「はい。あの、緋村さん。こちらの方は?」
「……この船の艦長さんだよ。ミーティア=ウィンスレットっていうんだけど、ティアって呼ぶように言われているから、そう呼んでる」
彼女が艦長さんだってことに、ずいぶんと驚いている様子の柚ちゃん。
まぁ、しょうがないか。ボクも初めて知ったときは、驚いたもん。マールなんか、侮辱して逆に説教食らっていたし。ホンの、昨日のことである。
「では、改めて自己紹介をさせていただきます。私は、涼風柚と申します」
「あれ? 龍騎士としての名前は決めていないの?」
途中で、ティアが質問を飛ばした。
その質問に、柚ちゃんは困ったように首をすくめた。
「はい、決めてません」
「それはいけないな。緑の神龍よ。ちゃんと、決めておいたほうがいいといわなかったのか?」
唐突に、ボクの声帯の主導権を奪ってかってに話をはじめたフレイア……
せめて、ボクに一言言ってからやってくれ。
『では、これからそうするとしよう』
あ、そうですか。
「あの、緋村さん?」
「今の私は、人間・緋村更夜でも、龍騎士・フレイでもない。この者に力を与える神龍。名を、フレイアという」
「ふれいあ、さん? 神龍に、名前はあったのですか?」
「いや、本来ならばないのだが、更夜がいつまでも神龍と呼ぶのがあれだからという理由で、私にも名前を授けてくれたのだ」
授けてくれたって……いいのか、それで。
「そんなことはどうでもいい。名前は、決めておいたほうがいい。理由は説明しようと思えばできるのだが、めんどくさいからやらん。後でお前の中にいる神龍にでも聞け」
めんどくさいって、あんた……
『まぁ、いいではないか。それより、緑の神龍と青の神龍の人格について説明してやろうか?』
ただ、喋りたいだけなんじゃないの? 森にいたときは、そんなに話しかけてこなかったくせに。
『しょうがないであろう? 食料集めのときも、戦闘中も、さほどアドバイスをやることなどなかったからな。さらに言えば、あの柚という少女といるときのお前の心……たとえて言うなら、鼻の下が伸びていたぞ』
へ?
おいフレイア。人をからかうのはよしてくれよ。
『ああ、からかっているぞ。今さっき言ったのは冗談だしな。お前の中にいたとしても、読み取れるのは表層心理のみだ。心の奥底で何を考えているかなんて、細かくはわからん。大雑把にだったら、感じることはできるのだが。私と考えが似ている、とかならな』
まぁ、いいか。じゃあ話を戻すけど、神龍って、君はともかくどんな人格(人格って言うより龍格って言うのかなぁ?)しているの?
『ああ。青の神龍は、お軽く騒がしい奴だな。もっとも、情に厚く、一度した約束は絶対に破らない。そういう意味では、信用できる奴だ。
緑の神龍は、柚をきつめにした奴かな。話すときは敬語を欠かさない。まぁ、我々の中では世間知らずという一面もあってな。たまに大きな勘違いをしたりすることもある』
へぇ。神龍にもいろいろといるんだね。で、ほかの神龍はどうなの? 後、黄と白と黒がいるんだよね。
『ん? 聞きたいのか? そうだな……黄の神龍は、なんて言うかな……子供っぽい。どじでマイペースなおっとりした奴だ。
白の神龍は、みんなの纏め役、といったところか。白か私か緑が、リーダーとして皆を引っ張っていたな。
黒の神龍は、重度の恥ずかしがり屋でな。よく、人見知りをするような奴だった。
っと、以上、こんな感じだ。質問はあるか? あるなら、手を上げてしろ』
……なんて言うか、神龍にもいろいろといるんだね。神龍って言ったら、神秘的で、落ち着いていて、神様のような龍って思ってしまうからね。
『神様も見たことないくせに、よくそんなことが言えるな。大体、神様も悪魔も……人間が考えているほど、何かを考えているわけじゃないぞ。もっとも、我々を生み出した『王』は……』
……え? 王って、何?
『失言だったな。これは、後になって言おうと思っていたのだが……我々の、父であり、母のことだ。そして我々六神龍は、兄弟というわけだ』
「……さん」
じゃあ、その君の父さん、だか母さんは?
『『王』、と我等は呼んでいる。そして、その王も……我等と同じく、封印されている』
「…れい…」
封印されている……か……
「お……ちゃん……」
六人の神龍達を生んだ、『王』。ってことは、それは……神龍王?
何を、馬鹿なことを考えているんだと、ボクは少し笑った。
「緋村さん!」
「フレイ!」
「お兄ちゃん!」
「うわ!」
唐突に、自分の名前を叫ばれた(しかも三人同時に)ので、ビックリして尻餅をついてしまった。
「あれ、三人とも……どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。お兄ちゃん、目をつぶって、ぼっとつったってたんだよ? ずっと、呼びかけてるのに」
う! 小夜が涙目になっている!
うう……泣かせちゃったのか……?
「緋村さん、もしかして……赤の神龍……フレイアさんと、話していたのですか?」
ボクは、その言葉に肯定の意味をこめて、首を縦に振った。
そう言えば、結構話し込んじゃったな。
「まったく……部屋割りを新しくしたから、その説明をするところだったんだけど……」
部屋割りを、新しく? そう言えばボクは、一人部屋だったな……小夜も一応、一人部屋だったようだけど。
「結構人数も増えてきたからね。これから後三人は龍騎士が入る可能性もあるから、それを考慮して……フレイ、小夜、柚に一部屋に入ってもらいたいんだ」
…………………………………………………………………………………………え?
な、なんか……数秒間、頭の中がフリーズしちゃったぞ! それほどまでの衝撃を、ボクは受けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 今はこんな姿だけど、もとの姿に戻ればボクは男だよ!?」
「ああ。妹に手を出す奴はいないと思ったしね。っていうかそれ以前に、フレイに……女の子を襲う甲斐性があるとは思えなかったから」
さらりと、失礼(?)なことをのたまうティア。
ボクだってね、健全な男の子なんだよ? いくら身体が女の子になったからって、心は男なんだよ? すぐ近くに、女の娘が寝ていたりしたら……ボクの理性は……木っ端微塵に吹き飛んじゃう可能性だって、あるんだよ!
「緋村さん」
ん?
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「柚ちゃん!?」
っておい! それはちょっと違うんじゃないか!?
まぁ多分、冗談で言ったのだろう。
柚ちゃんに、なぜか顔を真っ赤にさせた小夜が詰め寄り、何かを話しているのだが、あまりボクには関係ない話だ。それより、どうすれば襲わないようにできるか……
既にひとつの方法は思いついているのだが、それを実行するのはちょっと気が引ける。しかし、ほかの方法って言っても……あまりいいアイディアが思いつかない。
フレイア。この龍騎士の変身って、どれくらいもつの?
『「力」がなくなるまでだが、できれば戦闘中でなければ変身は解いたほうがいい。そのほうが、『力』をためておきやすいからな』
だったら、ボクが……その……
『お前の言わんとしている事はわかる。だが、この前のあれは偶然だったのかもしれない……まぁ、ひとつだけ仮説を思いついたがな』
仮説?
『ああ。あの時お前は、力を使い果たし……変身が解けた。力を使い果たせば、自動的にもとの人間に戻るはずなのだ。ここからは私の推測だが、自分の意思で変身を解くことができなければ……あのような現象が起こるのではないか? おそらくその現象を解くには、一度変身する必要があるのかもしれない。なんと言っても、お前が寝込んでいた三日間……もとに戻る気配は、まったくなかったのだからな』
それは君がボクの体の主導権を握っていたからじゃないの?
『ふむ。なるほど……まぁ、やるだけやってみろ。お前が念じながらやれば、あるいはできるかもしれんぞ』
はぁ、わかりましたよ。
ボクは、フレイアに言われた通り、あることを念じながら、龍騎士状態を解除した。
目をつぶっていたので、自分の身体の変化はわからない。少なくとも、骨格が変わったとかは、明確にわからなかった。
ボクは、目を開いた。
そして、すぐに身体を確認してみる。膨らんだ胸……があるってことは!
ボクは、前髪を一房つかんで、それを見た。色は、真紅。
「お兄ちゃん!? また、なの……?」
泣きそうなほど、目を潤ませている小夜……
う、なんなんだよ……
「なんだ、今度はそっちの姿なんだ。それなら、女三人部屋ってことでいいね。あ、それからフレイ。もしものときがあったら、ちゃんと責任はとるんだよ」
もしもの時……責任……?
って…………もしかしなくても、あのことだよね……?
「お兄ちゃん……そんなこと、しないよね?」
「あ、うん……もちろんじゃないか」
理性が耐え切れるかが、一番の問題なんだけどね……
「あ、ボク……訓練施設にいってくる!」
ボクはそう言って、この場を後にした。
逃げた、とも言うんだけど。
はぅ…………小夜はいいとして……柚ちゃんと一緒の部屋に寝泊りするなんて……
大丈夫なのだろうか、ボク(の理性)。
………………ああ! もう! 今日は、部屋には帰らない! 訓練しまくって、訓練施設で寝泊りしてやる!
なんて、意気込んだはいいものの………実際に、訓練施設で寝込んだら、誰かがご親切に(皮肉たっぷり)部屋まで運んでくれました………
目覚めたとき…………小夜と、柚ちゃんの可愛い寝顔が目に入ったときの驚きといったら…………(しかも、すっごく無防備!)。
思わず、二度寝してしまったボクだった(事実は、驚きのあまり気絶してしまっただけである)。
はぁ………こんな調子でいいのかなぁ………
TO BE CONTINUED
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