ドラゴテールアドベンチャー
第4話 『囚われの龍騎士』


作者名:カイル



 どこまでも続く、きれいな星空。ボクの知っている星座はないことが、ここが異世界だということを再認識させられる。
 そんな星空の中を、艦は進んで行く。全速力ではないにしろ、それなりの速度でこの艦は飛んでいた。
 おっと、ボク……緋村更夜(因みに今は、女の子の姿)が何をやっているかって? 空の見張り番ってところだよ。
 二人が、操舵室にある見張り台にそれぞれのって、空を見張る。それが、ボクの役目の時間になったってだけだ。現在のところ、異常はない。
 もう一人の見張り番は、『セレスティアル』のアークさんって人。ボクの前までは、エンジェさんって人がやっていた。エンジェさんはあくびをしながら、部屋に戻っていった。
 ボクは、星空を眺めながら自分の元いた世界を思った。
 柚ちゃんとの話で、こっちのドラゴテールと、ボク達の世界、リアルワールドは時間の流れが違う、ということがわかった。つまり、こちらで長くいたとしても、あっちではさほど時間がたっていないということになる。
 それは、嬉しくもあり、悲しくもあった。
 ボクや小夜、柚ちゃんは、すべてが終わったら、あっちの世界に帰るのだろう。こっちの世界にとどまることも、可能とはいえ……やはり、自分の世界に帰るべきだと、ボクは思う。
 そしたら、たとえその後こっちの世界にくることがあったとしても、同じ人達に逢えるとは限らないのだ。時間の流れが違えば、寿命……というかなんというか……も違ってくる。ボク達があっちの世界で時間を短く感じても、こっちの世界の人達は、その時間で……その時間に殺されることだってあるだろう。
 これからボクは、どういう生き方をしていくんだろう。ふと、そんな疑念に駆られる。が、すぐに首を振ってその思いを吹き飛ばした。
 それはこれから決めていけばいいことだ。決まっていることなんて、何一つない。運命なんてものは、ただの思い込みだ。運命という概念のせいにして、責任を逃れるための。

 少し、考えが過ぎてしまったようだ。
 どうも、あのときから考え事をする癖がついてしまったような気がする。10歳のときの……あのときから。

「お兄ちゃん……」

 ふと、小夜の声が聞こえた。
 振り向いてみると、確かにそこに彼女がいた。手に、なにか……包みを持って。

「見張り番、ご苦労様。はい、これ……差し入れ。クッキー……焼いたの」

 そう言って小夜は、ボクにその包みを手渡した。
 可愛くラッピングされたそれを、できるだけラッピングが崩れないように気を払いながら開いた。
 中身は、明言された通りのもの……クッキーだった。焼き色もよくて、とってもおいしそうだ。

「ありがとう、小夜。食べて、いいかな」

 うん、と言うようにコクリと首を縦に振った。
 クッキーをひとつ手にとり、口に入れる。
 もぐもぐもぐ。

「……ん。おいしい」

 その言葉に、パァッと小夜の顔が明るくなった。

「本当?」

「本当だよ。更夜、嘘つかない」

 おどけて、そんな風に言ってみた。
 ぷっと噴出し、笑う。ボクもいっしょになって、小さい笑いを上げた。

「アークさんも……どうですか?」

 小夜が、もうひとつの見張り台に立っているその人に向けて、言葉を発した。
 彼女はこちらを少し見て、

「ダイエット中なんで、遠慮させてもらうよ」

 といった。
 そうか、ダイエット中だったらしょうがないな。
 ボクはできるだけ音のしないように、クッキーをもうひとつ食べた。

「フレイ君。妹からの差し入れなんでしょう? 私に気にせず、堂々と食べればいいよ。ダイエット中といっても、無駄な食料を省いているだけで、食事を無理に抜いているわけじゃないの、私は」

 アークさんから、見越されたような声がかかってきた。
 ……なんか、大人だな。

「あ、お兄ちゃん……私も、ちょっとだけ……見張り、やっていいかな?」

 ボクは、驚いて……顔には出さなかったけど……小夜の顔を見た。
 彼女が、自分から何かをしたいといったことは、ほとんどないからだ。
 断る理由もないことだし、ボクはオッケーサインを出した。
 ボクが見張り台から降りると、今度は彼女がその台に乗った。
 落ちないようにと、しっかりと彼女の身体を抱きしめる。

「え。おにい……ちゃん?」

「落ちたら、大変でしょ?」

 ボクはそう言って、彼女の言葉を押さえた。あったかさが、彼女の身体から伝わってくる。
 こうして、抱きしめたりしたのは……やっぱり、10年前の、あの時以来かな……

「お、お兄ちゃん……もう、いいから……」

 顔をなぜか真っ赤にさせた小夜が、そう言って見張り台から降りた。

「ねぇ、見張り……あとどれくらいなの?」

「まだ三十分くらいしかたっていないからね。あと一時間三十分ぐらいはやらないと」

 ボクはポケットから取り出したデジタル時計を見て、そう言った。

「ほら、小夜。もう、十二時過ぎてるよ。……明日は……じゃなくて、日付的には今日なんだけど……『黄の神龍』がいるって言う、砂漠の国……エーアデに行くんだ。小夜は体力があまりあるほうじゃないんだから、しっかり休んでおかないと、ね」

 その言葉に、小夜はコクリと頷いた。
 暗い艦内は、月明かりと星の明かりしか照らしていない。そんな中で見る小夜は……綺麗だった。
 今まで、可愛いと思ったことは、何度かある。でも、綺麗だと思ったのは、これが初めてのような気がする。
 ボクは小夜のことをたまに、『妹の小夜』ではなく、『坂井小夜』として……一人の女性として、みている。いや、見てしまうのだ。
 事実、戸籍上は他人だ。ただ、元双子の兄妹、というだけで。
 心臓が、どきどき言ってしまうのを感じる。
 血のつながった双子の兄妹相手に、何を思っているんだ……ボクは……

「じゃあ、お兄ちゃん。見張り終わったら、しっかり休んでね」

 元よりそのつもりである。
 だからボクは、小夜に向けて……微笑を返した。

「お休み……お兄ちゃん」

「うん、お休み」

 小夜は、部屋に帰っていった。
 対するボクは見張り台に再び戻り、空の見張りを再開した。
 だが、星空と、月明かりが見えるだけで、空には異変らしい異変はなかった。
 こんな夜中で、こんな空には普通龍や鳥は飛ばない、ということらしい。その言葉どおり、空には生き物の姿は皆無である。
 これが昼だったら、たまに野生の下級龍達が襲いかかってくるが、それはさしたる脅威にはならない。
 敵の……ディアドラゴの軍制がこない限りは、多分大丈夫だろう。

「今晩は。アークさん、交代の時間です」

 声が、背後から聞こえた。
 そうこう考えているうちに、結構時間が過ぎてしまったらしい。
 振り向いて、声の主を確認してみる……

「柚ちゃんも、見張りをするの?」

 彼女の姿を確認したとたん、そんな言葉が口から出た。

「はい。私も一応、龍騎士ですから」

 にっこりと笑いかけてきた。
 本日もまた、巫女服である。

「じゃあ、柚君。後は頼んだよ」

 アークさんはそう言って、さっさと帰っていってしまった。
 ボクと柚ちゃん。そして舵を握っている女性……ラフィーニさんが、この場にいた。
 柚ちゃんが見張り台についたところで、ボクは見張りを続けながら質問をした。

「柚ちゃん。何で、そんな格好をしてるの?」

 男物の服を着た少女ってのも、相当に変だとは思うんだけど、そのことを棚に上げた質問だ。

「ええ。母方の実家が、神社をやっているんですよ。そのお手伝い中に、『メタファライズ』されたので……そのままなんです」

 そっか。実家が神社なのか。
 普段から袴を着ているってことは……多分ないだろう。彼女も、お手伝い中に召喚されたって言ったことだし。
 それにしても、外は変わり映えのしない景色が続く。既に一時間程度は、この夜空を見ている。正直言ってボクは、綺麗な景色を長時間見つづけられる人間ではなかった。
 空気が乾燥しているからだろうか。雲すらも、ほとんどない。
 下界には、既に砂の色が見えている。というよりも、変化のない砂漠が、続いているのだ。
 はるか遠くにぽつんと、白い何かが見える。おそらくはあれが……砂漠の国。エーアデだ。

「更夜さん」

 ん?
 何だろ、柚ちゃん。

「……私、どうも……あなたと、はじめて逢った気がしないんです。昔、どこかで私と会いませんでしたか?」

 いや、そう言われても……
 ボクは、記憶の引出しを開け、中を確認してみた。できるだけ見たくもない過去は、封印して……残りの記憶を、確かめていく。
 だけど、残念ながら彼女に該当する人物にはあたらなかった。
 もしかしたら、ボクが忘れているだけかもしれないな。

「柚ちゃんは、どうなの? ボクと会ったことあったっけ?」

 逆に、問い返してみる。
 彼女は、腕を組んでしばし考え……

「駄目です。思い出せません」

 と、答えた。
 結局、彼女の思い違いということで、その話を終えることになった。
 風切り音と艦の機械の音の二つだけが、場を支配していた。
 誰もなにも喋らなかったので、そんな風になってしまうのである。
 操舵者のラフィーニさんは、必要のないとき以外は喋らない人らしい。加えてボクと柚ちゃんは見張りに気を配っている。場が静かになるのも、無理はない。

「更夜さんは、なぜ……この戦いに参加しようと思ったのですか?」

 そんな問いを、柚ちゃんは唐突に投げかけてきた。

「私は……目の前で、たくさんの人が殺されました。私を召還してくれた人も。世話をしてくれた人も。優しかった、兵隊さんたちも。……私を逃がしてくれた人は、どうなったかは……わかりません。敵討ち、とは違う気がします。でも、このまま放っておいたら……きっと大変なことになる。そんな気がするんです」

 ボクは………

「ボクは……『セレスティアル』や『フェンリルナイツ』のように、故郷を追われたわけじゃない。大切な人を、殺されたわけでもない。でも……ボクは、赤の神龍……フレイアの『力』を得た。そのフレイアから、元の世界に戻ってもいいとも言われた。でも、ボクを召喚した人はボクに『力』を与え、戦わせようとした。ほかでもない、自分達の世界のため。………『力』を与えながら、はいサヨナラじゃ……ボクは納得ができない。帰ったとしても、罪悪感に悩まされる日々があるだけだ。そんな毎日を送りたくない。だからボクは、戦うんだ。自分のために」

 ……ディアドラゴを倒す。そうすれば、いいんだろう。世界を悩ませている、親玉を。
 しかし、本当にディアドラゴが親玉なのだろうか。邪龍とかなんだとか言われているけど、ボク自身はその姿を確認したわけじゃない。実は、ボク達と同じ龍騎士が、親玉という可能性も……

『それはない。我々神龍は、そんな奴に『力』を与えるほど、腐ってはいない。前にも言ったはずだ。たとえ波長が合っていようと、気に入った相手でなければ、力を与えない、と……もし、力を与えたあと、そうなったのだとしても、その力を取り上げることも、可能なのだ。邪龍が神龍である可能性は、0だ』

 じゃあ、この前言っていた『王』は?

『「王」は、滅多なことでは力を貸すことはない。そもそも、『王』の波長というものは物凄く複雑なものなのだ。あの波長に合う者は、数百年に一人……いや、数万年に一人、いるかいないかというレベルなのだ』

 ……そうなのか。

「……ですね」

「ふぇ?」

 フレイアとの話に夢中になってしまい、柚ちゃんの言葉を聞いていなかったらしい。
 彼女がなんて言っていたか、わからない。

「ごめん。フレイアと話しててね。なにか言わなかった?」

「はい。それ……」

 と、ボクが握っているクッキーの包みを指差しながら。

「小夜さんからの、差し入れですね。それを作っているところ、見ましたから」

「うん、そうだけど。ひとつ、どう?」

「遠慮しておきます。……それにしても、良い妹さんですね。自慢になりません? あんな妹さんがいると」

 ボクは、その言葉に対して首を振った。

「駄目だよ。ボクは、小夜を妹として自慢する権利なんて、ないんだ。ボクは小夜に対して、兄らしいことを何一つ、して上げられなかった。だから……自慢することが、できない。立派だとは、思うんだけど」

「何を言っているんですか。更夜さん……あなたは、良い兄としてやっていますよ。客観的に見て、そう思えます」

 そうなのかな……

「私にも、兄弟がいます。でも、あなた達のように……仲が良いわけではありません。いつも、喧嘩しっぱなしで。ですから……私は、小夜さんがうらやましいです。あなたのような兄がいて」

 柚ちゃんも喧嘩をするのか?
 とてもそう言うことをするようには見えないのだけど……まぁ、家の中と、外では正確の違う人というものは存在するものだ。喧嘩といっても、口喧嘩かもしれないし……気にすることではない。
 そいれよりも……ボクは、良い兄としてやっているといわれて……ほかの人がそう言うのならと、自分の中にあった『兄』としての疑問を、消すことができた。

「……ありがとう。お世辞でも、嬉しいよ」

「どういたしまして。あ、お世辞じゃありませんよ」

 と、ここで交代の人が来てしまったので、この話は終わった。
 ボクは『お休み』と告げ、そこをあとに、部屋に帰った。
 三つのベッドのうち、ひとつだけが盛り上がっている。そこには、我が妹……小夜が眠っていた。
 子供のような無邪気な寝顔は、たいていの男ならば護ってあげたくなるような……そんな保護欲をくすぐる光線を放出している。

 ボクは彼女の頭を撫で、聞こえるはずがないのだけど、『お休み』と一言言ってから、自分のベッドに入った。
 この数日間で、すっかり慣れてしまった今では、さほど緊張することなく安眠できるようになった。はじめのころは、悶々として過ごしたものなのだが……慣れって、少し怖い。


 朝。
 砂漠の上だろうが、空の朝というものは少し寒い。
 ボクはあくびをしながら、操舵室へと向かった。そこにいたのは、艦長のティアに、操舵主のラフィーニさん……そしてボク達龍騎士三人と、小夜。つまり、六人がその部屋にいたということになる。

「……小夜。何で、ここに?」

「……その話は後にして。フレイ。……実を言うと、私はエーアデに向けて、隠密を放ったわ。そして……とんでもない情報をつかんできたのよ」

 とんでもない情報って……?

「その内容は……龍騎士を捕らえたから、公開処刑にするというもの……」

 龍騎士の一人……!?
 確か、このあたりは黄の神龍を信仰しているって土地だったはず!

「それって、黄の龍騎士!?」

「それはわからない。白の龍騎士かもしれないし、黒の龍騎士かもしれない。大体、これはただの情報。あっちの流した、嘘情報って可能性もあるんだよ?」

 ティアは、人差し指を立てて諭すようにそういった。
 だけど……

「ティア。いかせてくれ。本当に捕まっている可能性だって、あるんだろ? だったら、ほっとけない」

 マールが、きりっと顔を引き締め、言い放った。
 ボクも同じ意見だ。だからボクもティアに言った。

「ティア。ボクもマールと同意見だ。だから、いかせて」

「私もです。例え罠だったとしても、それを恐れていては先へは進めません」

 柚ちゃんも、そう言って前に出た。

「……わかった。出撃許可を出すよ。でも……小夜をつれていくことが条件だよ」

 ボク、マール、柚ちゃんの三人は、そろって小夜を見た。
 急に顔を向けられて驚いたのか、小夜はびくっと身体を強張らせた。

「小夜は、現在のところ四つの魔法が実践で使えるはず。ドーム状の防御魔法。盾状の防御魔法。遠くの人と話すための、交信魔法。そして……身を隠すための、結界魔法。その中の、身を隠すための結界魔法を使えば、奴等に気づかれることなく進入、そして探索ができるはず」

 その言葉に、一番驚いていたのは……小夜だ。
 だけど、なにかを決心したのか……頷き、言った。

「お兄ちゃん。今度は……私、足手まといになんかならない。だから……いこう。四人目の、龍騎士さんを助けるために」

 小夜の言葉に、ボクも……マールも……柚ちゃんも。頷いた。
 ボクは二つの剣をクロスさせたような首飾りを握り締め……『龍騎士』になるための力を、注ぎ込んだ。
 赤い光がボクを包み込み、ボクは……龍騎士となった。
 同じくマールは腕輪に力を注ぎ、柚ちゃんは指輪に力を注いだ。
 それぞれが、青と緑の光に包まれて、二人も龍騎士となった。

 ボク達四人は甲板へと向かい……ボクは小夜を抱きかかえた。
 背中に背負っていたのでは飛べなくなるので、抱きかかえたのだ。

「じ、じゃあ……やるよ。…………イリュージョン・バリア!

 小夜が呪文を唱えたとたん、ボク達の周りを、ガラスだまのような丸い球体が包み込んだ。

「そこから外に出ないでね。それと、この魔法は音までは消せないから……気をつけて」

 幸いにして、ボクの炎の翼も……マールの水の羽衣も、柚ちゃんの風の羽根も。音を出さずに飛ぶことができるので、後気をつければいいのは、会話やその他の不注意(くしゃみとか)なんかだろう。

 ボク達龍騎士は、飛翔した。
 砂漠の都……エーアデに向かって。


 町に、誰にも気づかれることなく、ボク達はたどり着いた。
 ボクが予想していたのとは、まったく違う光景に驚かされた。いや、まったく違うというわけではない。
 ボクの予想は、民は誰一人いなく、代わりに敵の兵隊達がたむろしている……そんな光景だ。
 だが実際には、兵隊達はいることはいるのだが、その姿はまばら。砂漠の民達も……覇気はないが……いることはいる。

『更夜。一応、龍騎士状態は解除したほうがいい。できるだけ、力を押さえておいたほうが良いだろうからな』

 ボクが行動を起こす前に、マールが龍騎士状態を解いた。ボクと柚ちゃんも、それにつられるように龍騎士状態を解く。
 そのときのボクの姿は、男のほうの姿だった。

「あ」

 柚ちゃんが、なぜか声を上げる。

「更夜さんの本当の姿を、初めて見ました」

 なぜか嬉しそうな顔をして、彼女はそう言った。
 そう言えば、初めてだっけ。柚ちゃんがこっちの姿を見るのは。

「……じゃあ、誰もいないところにいって、結界を解こうか。これを維持しつづけるのも、大変だから」

 ボク達は、それに賛成した。元より、反対する理由ってのもない。
 覇気はないが、町の人たちだっている。いざとなったら、その町の人達の振りをすればいい。
 何はともあれ、情報収集だ。ティアが放ったって言う、隠密の人がどこでそんな情報を得てきたのか。それはわからない。もしかしたら、町の奥にそびえたつお城の中からの情報かもしれない。
 だが、もしかしたら……ボク達と同じように、龍騎士になった人が、捕らえられているかもしれないのだ。
 助けたいが、今は情報が不足している。だから……町の人を中心に、聞き込みをすることにした。
 兵士達の前では、愛想笑いなどをして敵対心がないことをできる限り伝え、怪しまれないようにした。
 それにしても、この町の人は本当に覇気がない。
 お店をやっている人達も、接客とか……そういうことを、まったくしないのだ。物を売買はしているのだが、心ここにあらず、といった調子だ。
 何かを聞いても、怯えてしまいなにも聞き出せない。
 結局、有力な情報を得ることがないまま……それどころか、龍騎士が捕まり、処刑されることも聞くことができないまま、昼飯を取るために……レストランへ向かった。
 と、そこでの出来事だった。レストランへ入ろうとしたら、中から出てきた、何者かにぶつかったのだ。

「「すみません」」

 ボクと、その相手はほぼ同時に謝った。
 頭を上げてみると、その人は金髪の女の子だった。柚ちゃんより、背が低い女の子だ。
 この中で一番背の低い柚ちゃんより低いのだから、少し見下ろさなくてはいけなかった。

「あ。あの……貴方達、この町では見ない人だね」

 正直、どきりとした。彼女がもし、敵の兵士だったら……可能性は、ないとは言えない。

「えっと……ボクも、君のことをみたことないから……きっと、いつもすれ違っていたんじゃないかな」

「ってことは、貴方達……この町の人?」

 そう言われて、ボクは目を瞬かせた。
 彼女の言っている意味が、いまいち理解できなかったからだ。

「そういう貴方……この町の人じゃないんですね」

 柚ちゃんが、そう言った。
 ……ホンと、ボクって……馬鹿……

「あ……うん。あたしは旅の途中なんだ。このエーアデについて、ちょっと気になる噂を聞いたものだから」

 気になる噂って、まさか。

「まさか、それって……伝説の龍騎士について、だったりして」

 彼女はその言葉に、明らかに動揺した。
 って事は……あの噂、本当だったのか。

「……貴方達、何者?」

「妖しいものじゃないよ。ボク達も君といっしょで、旅をしているんだ」

「男一人……女三人で? 君、意外とモテモテだね」

「そう言うわけじゃないよ。大体ボク達は、そんな関係じゃない」

 そんな関係でないことは確かである。
 それにしても失礼な娘だ。初対面の相手に向かって、意外とって……まぁ、確かにモテないけど……

「隠さなくて良いよ。あ、そう言えば自己紹介がまだだったね。あたしはエーベネ。ベネって呼んで」

「ベネ……か。俺はマール。で、こっちの妙な服を着ているのが柚。この男が更夜。で、更夜の影にこそこそ隠れているのが小夜だ」

 勝手に紹介をされてしまった。口を挟む隙すらなく。
 油断もすきもない奴……

「マールに、柚に、更夜に、小夜……うん。覚えた。ところで、こんな時にどうして旅なんて? 捕まったら、極刑は免れないよ」

「そう言う、ベネさんはどうなんですか? たった一人で……戦えるようにも見えません」

「ははは……そっちこそ、そこまで強そうに見えないよ」

 ベネも、ボク達四人も……黙りこくった。
 お互いに、追求しないほうがいい。そう悟ったボク達だった。

「あははははは」

 五人して、乾いた笑いをあげた。

「とにかく。あたしはしばらくこの町にいるつもり。ちょっと、用があってね」

「それは私達も一緒です。その用が済むまで、この町を離れるわけにはいきません」

「そう。だったら、良い宿を教えるよ。酒場に行って、マスターにこう言うんだ。『神龍よ 我に加護を与えたまえ』って」

 それだけ言うと、彼女は走って消えていってしまった。
 自分が飲み食いしたぶんはちゃんとお金を置いていったから、食い逃げというわけではないが……

「結局、なんだったんだろ」

 ボクは、思わずそう漏らしていた。
 何はともあれ、その酒場が宿になるらしい。もしかしたら、そこで情報が収集で着るかもしれないので、そこにいこう、と、ボクは言った。
 だけど。

「お兄ちゃん……酒場って、どこにあるの?」

 小夜の言葉で、現実がボク達にのしかかった。
 ……そうだった。ボク達は、酒場がどこにあるか、まったくわからないのだ。

「ここは、別れて探したほうが良いな」

「はい。賛成です。ですが、万が一ということもありますので、小夜さんは更夜さんといっしょにいてください」

「え?」

「なぜ、赤くなっているんですか? 兄妹でしたら、いっしょにいるくらい何ともないでしょう」

 だけど、彼女の吐くセリフはどこか毒があるように思えてならない。
 ……まさかとは思うんだけど、神龍のほうが喋ってる?

「では。マールさんと私(わたくし)は一人で探しに行きますので。二時間ほど後に、この場所に集合というのはどうでしょう」

 わたくしって……

『うむ……あれは緑の神龍のようだな……』

 ……やっぱり?
 呆然としているうちに、柚ちゃんとマールは町に散っていった。

「じゃあ小夜。ボク達も探すか」

 コクリ、と小夜は頷いた。
 そして、ボク達は町を歩き始めた。
 二人とも、なにも喋らなかった。と、言うよりも話すような話題がないのだ。それに、あまり話しすぎていると怪しまれてしまう。
 ちらりと、小夜のほうを見てみる。
 少し、うつむき気味だ。

「小夜。調子が悪いの?」

「う、ううん。そんなことないよ。それよりお兄ちゃん……酒場を、探そうよ」

 それはそうなんだけど、あたりを見まわしても、それらしき店はない。
 どうもこの辺は、食品関係がそろっている店が多いようだ。
 おいしそうな匂いが漂ってきていたりする。
 一応ティアから、こっちの世界のお金を渡されているので、買い物はできる。
 まぁ、そこまでおなかが減っているわけじゃないし、買い食いをする必要はないだろう。

「そこの二人組み。ちょっと、いいか」

 厳つい声が聞こえてきた。
 そっちのほうを振り向いてみると……兵士がいた。
 腰に剣やナイフを帯刀していることからして、間違いない。っていうか、なんで迷彩服なんだろう…? こんなところじゃ、目立ちすぎるのに。
 ……あ。今は、そんな場合じゃないか。

「な、何ですか?」

「……いや。ただ、ある情報を町を歩く人すべてに伝えろ、との命令を受けている。別にお前等を殺しはしない」

 ……ある情報って、なんだろう。

「龍騎士の公開処刑は明日、という風に決まった、とのことだ」

「済みません。ちょっと聞きたいことがあるんですが」

 ボクは、それだけを伝えて去ろうとしていた兵士を呼びとめた。
 危険かもしれないけど、まともに話せそうなのがこの町の人にはいなそうなので、苦肉の策である。

「なんだ。いってみろ」

「はい。なぜ、張り紙にしてあちこちに張り出さないのですか? ボク達住人にそれを作らせ、張り出させれば……一人一人に言い渡すよりは楽なはずです」

「……上の事を、私が知るわけがない。私は下っ端だからな。上の命令は絶対だ。例えそれがあほらしいことでも、遂行しなければならないのだ」

 なるほど。
 敵軍も、なかなかに大変である。

「じゃあ……龍騎士は、どうやって捕まえたんですか?」

 こんなこと聞いて、怪しまれたら最後だ……
 内心、どきどきしながら、答えを待った。

「特殊技能部隊が捕まえたそうだ。詳しいことは、私も知らん。さぁ、早く家に帰れ。私は……理由もなく、人を殺したくない」

 彼はそう言い終え、去ろうとした。
 だが、ボクにはまだ聞くことがある。

「ちょ、ちょっと待ってください! 実はボク達……方向音痴なもんでして、酒場に行きたいんですけど。お父さんがそこに飲みに行っちゃったモンですから……お母さんに、連れて帰れって言われたんです」

 嘘も方便。
 それにボクは正直者というわけじゃないし、このくらいの嘘を付いたところで良心が痛むって訳じゃない。

「……だったらこれを見ておけ。そして方向音痴を直せ。……今度こそ、じゃあな」

 今度こそ、彼は本当に去っていった。
 あの兵士に渡されたもの。それは……町の、地図だった。

「……あの兵士さん。優しかったね」

「うん。だけど……いつか、戦わなくちゃいけない時がくるかもしれないんだ。彼が、ディアドラゴに組する兵士である限り」

 ボクは、自分の腕を見た。
 今まで、何人かの人を倒した……いや、殺してきた、腕を。
 人を殺すってことは、どういうことか……それも、神龍からの知識にあった。
 はじめは現実感がわかなかったけれど……今は、そうじゃない。
 正直なところ、怖い。人を殺すのも、戦うことも。
 だけど……戦わなくては、守れないものもある。そして戦いとは、殺し合いだ。
 見知らぬ百人の人々より、大切な少数の人達を守りたいという気持ちがあること。
 それが現実であり、真実だ。
 このときボクは……その事を、かみ締めた。
 龍騎士として、戦いぬくために。

「お兄ちゃん……少し、怖いよ」

 小夜が、少し震えている。
 いつのまにか、顔をしかめていたらしい。
 「ふぅ」と一息つき、しかめていた顔を元に戻した。
 そして、震えている小夜の頭を撫でた。

「ごめん。小夜……怖がらせちゃったね」

「……お兄ちゃん。マールさんと……柚ちゃんに、伝えるね。酒場の場所が、わかったってこと」

 え、そんなこと、できるの?

「……うん。攻撃系の魔法は使えないけど……防御系の魔法と、交信魔法は……使えるの」

 小夜は、手と手を合わせ……呪文を口にした。その姿は、祈りをささげているように見える。
 やがて、小夜をほのかな光が包み始めた。
 昨日、初めて抱いた思い……小夜が、綺麗だということ…が、再び浮上し始めた。
 ……やっぱり。小夜も、成長しているんだな。

「マールさん、柚ちゃん。酒場の場所がわかったから、いったん、さっきのレストランに……来て」

 それだけ言い終えると、小夜を覆っていた光が消えた。
 そして、こちらを向き……にこりと笑った。

「じゃあ、さっきのレストランにもどろっか」

 そう言って、小夜は先に走っていってしまった。
 ボクはその後姿を追いかけた。
 そう言えば、小夜がああやってボクより先に走っていくなんて珍しいな、と思いつつ。


 そこは、古臭い部屋であった。
 部屋の四隅にそれぞれベットがあり、その真ん中に机がある。
 ただ、それだけだ。
 まぁ、格安なんだから仕方がないんだけどね……
 えっと。こっちの世界とボク達の世界のお金の価値がどう違うのかがわからないから、日本円にしたらいくらとか、そう言うのはわからない。
 マールが格安っていっていたから、そうなんだろうなと思っているだけだ。

「……しかしあのエロ親父……なに考えてんのか、すぐにわかるな」

 マールの言葉に、ボクは激しく同意した。
 ボクがあのベネに教えてもらった合言葉を言ったら、こちらを一瞥して……やましい嗤いを浮かべたのだ。
 思わず手を出してしまったマールを、非難はできない。

「……お兄ちゃん。これから、どうするの?」

「……このあたりは、お約束だよ。夜まで待ってから、城へ侵入する」

「そして見つかるのも、お約束ですけど……やるんですか?」

 思わず、言葉に詰まった。
 確かに、漫画とかだと忍び込んで見つかってしまうというパターンが王道である。

「おいおいおい。こう言うときは、三組にわかれて忍び込んだらどうだい?」

 ……は?

「おいこら……イエロ。人の口使って勝手に物言ってんじゃねぇ!」

「良いじゃねぇか。それくらい。まったく、女の子がはしたねぇぜ?」

 ……へぇ。青の神龍って、イエロって言うんだ。

『いや、つっこみどころが違うだろ……』

 まぁいいじゃん。
 ボク達だって、似たようなものだし。
 それに、君言ったじゃないか。お軽く騒がしい奴だって。
 ふん。どうだ。なにも言い返せないでしょ?

「じゃあ、夜まで待とう。夜遅くになってから、兵士に見つからないところで龍騎士になって。後は城に潜入だ」

「……私は?」

 か細い声が、隣から聞こえた。
 小夜だ。小夜が、その潤んだ目でボクを見つめている。

「私は、いっしょに行っちゃ駄目? ここで、お留守番?」

 なぜ、小夜がここまでして危険な目にあおうとするのか、わからなかった。
 小夜は怖がりで、人見知りで……自分の意見を押さえてまで人のことを心配したりする、優しい……ボクの妹だ。だけど、最近の小夜は……ボクの知っている小夜とは違う。少しずつ、それが変わってきているのだ。
 ……成長、しているんだ。いつまでも、子供のままじゃなく……ボクが知っている小夜よりも、ずっと魅力のある女性として。

「……小夜は、どうしたい? 危険かもしれない……それでも、いくの?」

 小夜は、頷いた。強い決意を持った目と共に。

「ふは。これじゃあおいていくわけにはいかないな、更夜。守ってやれよ」

「小夜さん、ずるいです……私も、更夜さんに守ってもらいたかったです」

 柚ちゃんがなんて言ったのかはよく聞こえなかった。
 まぁ、聞くほどのことじゃないし、別にどうでも良いだろう。
 夜まで時間があったので、それまでは目立たぬように、自由行動となった。
 とは言っても、ボク自身はやるべきことも、やりたいことというものもないので、仮眠をとることにした。
 布団に入り、ゴロンと横になる。
 お世辞にも寝心地のいいベットとは言えないが、地べたに寝るよりはましな寝心地である。

「じゃあ、俺は酒でも飲んでくるわ」

「私は少しお買い物に行ってきます。目立たないようにしますので、心配は無しですよ。では、いってきます」

 どうやら、マールと柚ちゃんが出かけていったらしい。
 って言うかマールは何歳なんだろうか。背はボク達の仲で一番高い。おそらく、180センチはあるだろう。
 彼女いわく。男だったときは、もっと高かった、とのこと。……何センチだったんだ、マールは。
 まぁ、高校生以後になってくると年齢と身長はあまり関係なさそうだし……

「お兄ちゃん」

 ……?
 小夜……どうしたんだろう。

「お兄ちゃん、寝ちゃった?」

「起きてるよ」

「……お兄ちゃん。その……調子は、どう?」

 もともと暗い部屋なので、小夜がそのとき、どんな表情をしているかはわからなかった。
 でも、本当に言いたいこととは、違うことを言っているんじゃないかって、思う。

「調子は良いけど……言いたいことがあったら、言ったほうが良いよ。そっちのほうがすっきりするし、こっちとしても気になるしね」

 息の詰まる声。そして、それに続く沈黙。
 どうやら、言いにくい話らしい。

「言いにくいんだったら、それで良いよ。言いたいときに、小夜が言ってくれれば。じゃあ、ボクはしばらく寝るね。日が沈んだら、起こしてね」

 ボクはそう言って、再び目を閉じた。
 物音一つしないけど、気にすることなく、夢の中へと、いざなわれていった……


 寝息が、聞こえ始めた。
 お兄ちゃんは、本当に寝ちゃったらしい。

「お兄ちゃん……」

 どうして、私はこうなんだろう。
 どうして、自分の気持ちも伝えられないんだろう。ただ一言……好きだって、言葉が。

「お兄ちゃん……私……」

 駄目だった。
 意識がないとわかっていても、それでも躊躇してしまう。
 こんな弱虫な自分が、嫌になってしまう。

 そんな自分を変えたい。そう思って、魔法のことを教えてもらった。
 魔法は、正直言って難しい。私は防御魔法の才能があるって言われているけど、逆に攻撃の魔法は……炎の魔法を使ったら、燻って煙が出てくるだけ。氷の魔法を使えば、豆粒ほどの氷の塊が地面に落ちるだけ。
 ……戦うお兄ちゃんの、手助けになればいいと思ったけれど……こんな魔法じゃ、役に立たないよね……
 思わず、涙が流れ出そうになってしまうけど……私は、その涙を無理やりに袖でふき取った。
 泣いちゃ駄目だ……泣いたら、今までの自分とは変わらない。
 変わらなきゃ……お兄ちゃんに、自分の気持ちを伝えられるように。

「マールさんも、柚ちゃんも。どっか行っちゃったな……私は、どうしよう」

 お買い物に……見つかったら、お兄ちゃん達の迷惑になるよね……力もないし……
 マールさんはお酒を飲みにいったけど、私は未成年だし……
 でも、ここにお兄ちゃんと二人でいるって……胸が……どきどきするよ。

「お兄ちゃん……」

 私は、眠っているお兄ちゃんの顔を見た。
 気持ちよさそうに眠ってるよ……
 こうやってじっと見つめていると、自然と視線は唇へと向かった。

「やだ……私ったら……」

 思わず、頬に手をやってしまう……ああ、頬が熱くなっちゃってる……

「お兄ちゃん……私……お兄ちゃんのことが……」

 でも、その先が……どうしても紡げなかった。
 私は、改めてお兄ちゃんの寝顔を見つめる。

「……誰も、見てないよね……」

 一体誰への言い訳なのか……自分でもよくわからない。
 生唾を飲み込み……唇を細め、お兄ちゃんの顔へと近づけていく。
 唇じゃなくて、頬だから……欧米では挨拶だって言うし……
 そんな言い訳が、頭の中を過ぎる。いったい誰に対しての言い訳なのかわからなかった。もしかしたら、自分の心に対しての言い訳なのかもしれない。
 血のつながった兄という、本来ならば禁じられた恋をしてしまった私の、道徳心への言い訳……
 ゆっくりと、だけど……確実に、距離は狭まっていく。それが、あと数センチというところにきた時だった。

「おい〜〜っす。いまもどったぞ〜〜〜って、小夜……お前、なにやってんだ?」

 そのときの私の顔は、どうなっていたんだろう。それはわからないけど、オイルの切れたブリキロボットみたいにギギギギギと、首をその声のした方向に向けた。
 そこには、マールさんがいた。

「ま、いっか。なにやってたって。たとえキスしようとしてたって、エッチなことをやろうとしていたってな」

 ぷしゅ〜〜〜〜〜。
 キスをしようとはしていたけど……エッチなことって……
 そりゃ、確かに……その……お兄ちゃんのことを思って一人で……しちゃったことは……ほとんどかな……って、私ったら何を考えてるんだろう。
 ……私って……結構エッチだったんだ……
 ああ……自己嫌悪……

「なに、いじけてんだよ……」

 そんな声も、私には届かない。
 ベットに入り込み、毛布を頭からかぶって涙した。
 柚ちゃんが帰ってきて、食事の時間になるまで、私はずっと布団の中でいじけていたのでした……


「小夜……いったい何があったのか知らないけど……元気出してよ」

 お兄ちゃんはそういうけど……どうせお兄ちゃんは、私の気持ちなんて知らないから……
 鋭いときは鋭いのに、鈍いときはとことん鈍いからね、お兄ちゃんは。

「……何があるか、わからないからね」

 お兄ちゃんは既に、龍騎士に変身している。
 周りは敵の軍の兵隊さんたちがいっぱいいるけど、私達に気を配ることはないみたい。
 だって、私が使った魔法で私とお兄ちゃんの姿を、隠しているから、見つかるわけはない。

「じゃあ、いこうか」

 そっと、お兄ちゃんは私を抱きかかえた。
 それが一番楽なのか、抱き方は定番のお姫様抱っこ。
 恥ずかしいけど、嬉しい……

 お兄ちゃんは、私を抱いたまま飛翔した。
 マールさんは井戸の中から。
 柚ちゃんは空から。
 そして私達は、私の魔法で姿を隠すことができるので、正面から、いくことになっている。
 計画どおり、正面玄関へと向かった。見張りの兵士さんがいるけど、私達の姿を知覚することができないので、こちらを見ようともしない。

 こっそりと、正面玄関の扉を開き、中へと進入した。
 でも、こんなにあっさりと侵入できていいのかな。私の頭の中に、そんな疑問がぽっこりと浮かんできた。
 そりゃ、見つからなければいいに決まっている。……問題は、あっさり過ぎること。町の人は、捕らえられているわけじゃない。兵士さんの数も、まばら。
 ………もしかしたら。城の中には、以前お兄ちゃん達が戦ったって言う、異形の者がいるのかもしれない。城を守らずとも、侵入者を排除するだけの防衛が、城の内部にしかけられているとすれば……
 でも、それでも……私達は、引き下がるわけにはいかなかった。
 既に捕らえられて、処刑まで決まっている黄の龍騎士を助けるためには、躊躇しているわけには行かない。

「……静かだね」

 私はお兄ちゃんに、そう声をかけた。
 壁に魔法の明かりが灯されていて、それなりに明るい場内だったけど、人影は見えない。入り口のところに兵士さんがいたけど、そんな彼等もなにも喋らず、見張りをしているだけ。
 声を立てないためなのか、お兄ちゃんは首を縦に一回振っただけ。

 お兄ちゃんは、私を抱いたまま歩き始める。
 本当は降りて歩いてもいいんだけど……こうしていてもいいかな……
 でも、お兄ちゃんは今、龍騎士としての姿……フレイになっている。傍から見たら、百合?

 キャーキャーキャー!

「……お、お兄ちゃん。あ、歩くことぐらいできるから……」

「今、ボク達は同じ結界内にいるんだよね。もし、結界から足とかがはみ出たりしたら、大変だよ。だから、これでいいじゃないか。あ、おんぶのほうがいいかな? そっちのほうが、両手を自由に使えるし」

「う、うん」

 思わず、返事をしちゃった。
 お兄ちゃんはいったん私を下ろし、背中を差し出した。
 炎の翼は、どこかに引っ込んじゃっているようで、背負われるのに邪魔になるものは何もない。
 もう返事をしてしまったので、いまさら断るのも変だとおもうので、差し出された背中に、よいしょと乗った。

「お、お兄ちゃん。重くない?」

 思わず、そう訊いてしまう。

「うん? 重くないよ。むしろ、軽いくらい。今のボクの体格は小夜と対してかわんないのにね」

 そうだった。
 お兄ちゃんも、私と対して変わらない背格好だ。私と……顔つきも似ているし。
 ううん。目の色、髪の色と長さを抜かしたら、私と同じなのかもしれない。
 お兄ちゃんがはじめて龍騎士となったあの日。そして、『フレイ』の姿のままだったとき。私は、鏡の中の私と龍騎士フレイになったお兄ちゃんを、比べてみた。
 もし、私が髪を短く切って赤色に染めるか、お兄ちゃんの髪を背中まで伸ばして黒色に染めるかしたら、まったくうりふたつになっちゃうんだろう。
 ……お兄ちゃんが、女の子だったら……こうなってたのかな……
 お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんとして……

 あまり、そんなことは考えたくなかった。
 お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんとして生まれてきた。
 だったら、それを無意味に仮定で考える必要なんて、ないもんね。

「……小夜。静かに……誰かくる」

 こっそりと、私にだけ聞こえるようにお兄ちゃんはそう言った。
 その言葉どおり、武装した見まわりの兵士が、すぐ横を通っていった。

「それにしても……広いな……」

 うん。そうだね。
 いろいろと部屋があったけど、中に入っていく事はできないし。

「……ん? ここ、開いてる……なんだろ。魔薬室? ……魔法の薬って事かな……なんか、麻薬っぽくて嫌なネーミングだな」

 いえてる。
 お兄ちゃんは、その開いている扉の中に入っていった。
 入ってすぐ、沢山の薬瓶が敷き詰められた棚が目に入った。
 机の上には、実験用のかもしれない、ねずみのような動物が籠の中でキーキーわめいていた。

「……なんだろう。嫌な予感がする」

 お兄ちゃんはそう言って、棚に入っている瓶を一つ取り出した。
 その瓶のラベルには、二つの単語が銘打たれていた。

 『Chimaira』 『Serpent

 という、二つの単語。

「ちまいら……? そして……せあぺんと?」

「お兄ちゃん。多分それ、キマイラとサーペントって読むんだと思うけど」

 おんぶされていてすぐ横に顔があるので、暗がりでもお兄ちゃんの顔が高潮していることがわかった。
 ふふ。こう言うところは、昔から変わっていないんだな。

「サーペント……モンスターの一種だ。姿は十メートルから百メートルまでと巨大で、滑らかな皮を持つ。鬣があったとか、毛に覆われていたとか話があるが、一般的には海蛇だ。シーサーペントとも、言われている」

 ふと、お兄ちゃんの口からそんな言葉が漏れた。
 ……フレイアさん、かな。

 よく棚に入っている薬瓶を見てみると、そのすべてに『Chimaira』と銘打たれていて、もうひとつ、何かしらの単語が打たれていた。そしてその単語は、すべてがモンスターの名前。

「……」

 手にしていた薬瓶を元の棚にもど……さずに、お兄ちゃんはすべての薬瓶を、音もなく灰にした。
 薬棚の材質が土だったために、できた芸当だ。
 ほんの少し、棚がこげた程度。でも、なんでこんなことをしたんだろう。
 疑問に思った私がお兄ちゃんの顔を覗き込んでみると。
 ……覗かなければよかったと思うくらい、怖い顔をしていた。

「お、お兄……ちゃん……?」

「……先を、急ごう」

 なにも、言えなかった。
 その一言が、私から言葉を奪い取った。
 今さっきの薬に、なにかあったのだろうか。
 なんで……こんなにも……お兄ちゃんは……怒っているんだろう。

 もともと開いていた扉をくぐり、ずんずんと進み出した。
 見まわりの兵士さんが、その怒気に気がついたのか……こちらを見る事が、多くなった。
 だけど、何もない……正確には、なにも見えないことに気がつくと、すぐに視線を元に戻す。

 どれくらい、城の中を歩き回ったのかな。
 私達の目の前には、上に上がる階段と、下に降りる階段があった。
 お兄ちゃんは、迷わずに下に向かった。
 地下も、今までと変わらず、壁にある魔法の明かりのおかげで視界は十分に取れている。
 その地下は、どうやら牢屋のようであった。
 牢の中には町人と思しき人々や、この城の本来の兵士らしき人達が、閉じ込められていた。
 開けて逃がしてあげたいのだけど、そんなことしたら兵士達に見つかって、問答無用で殺されてしまうかもしれない。だから、私達は声をかけず、そのまま通りすぎていった。
 しばらく進むと、突き当たりに巨大な扉を、見つけた。通路いっぱいの、扉。
 …と。見知った顔を、そこで見つけた。
 その見知った顔は、巨大な扉のあちこちを触りながら物色していた。

「……ベネ?」

 お兄ちゃんは、その人の名前を呼んだ。
 反射的に、彼女は武器を構えてこちらを見た。

「……あれ。幻聴かな……」

 あ、そっか。身を隠すための結界魔法を使っているから、あっちからこっちが見えないのも、無理はないか。

 私は、術を解いた。
 とたん、私達を覆っていた薄い膜が消え、あちらからもこちらが近くできるようになる。

「小夜……? なんで、こんなところに。それに、そっちの人は?」

「そう言うそっちこそ、なんでこんなところに?」

 思わず、言葉に詰まる二人。
 ……こんなところで、こんな人と会うなんて……偶然なのかなぁ……?

「ま、まぁ助かったよ。この扉……仕掛けがあって、あけられなかったんだ。どうも、二人同時にこれとあっちのボタンを押さないと開かないみたいなんだ」

 確かに、そこにはとても一人じゃ、手を伸ばしての届かなそうな間隔を置いて、二つのボタンがあった。

「……この先って、何があるの?」

「えっと……こんな仕掛けがあるくらいだから、きっと特殊な部屋なんだよ」

 たとえば……特殊な罪人を閉じ込めておく牢屋とか?
 そこに、黄の龍騎士が捕まっているとか!

「よし。わかった。じゃあ、ベネはそっちを押してね」

「うん……だけど、初対面なのになんで貴方、あたしの名前を……」

「世の中には……不思議なことってのがあるんだよ……」

 さらりと、お兄ちゃんはそう言ってのけた。
 その言葉にそうなんだ、と頷いているベネちゃん。

「じゃあ、あたしが一、二の、三って言ったら押してね。一、二の、三!」

 お兄ちゃんとベネちゃんが、その合図で同時にボタンを押した。
 その次の瞬間。
 轟音と共に、扉……ではなく、私達の足元が開いた。
 突然のことだった。それに、背中は私がいる。だから、お兄ちゃんは翼を出して、飛ぶことができなかった。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 落ちていく。
 どんどん、落ちていく。
 このまま叩き落されて、つぶれ死んじゃうのかな……私達……

 そんなことを考えながら、私達は落ちていった。
 ……奈落の、底へと。

 

TO BE CONTINUED


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