ドラゴテールアドベンチャー
第七話 『葛藤』
作者名:カイル
あれから、二週間が経った。
やっと、艦がこの島にきた。
ふぅ、やれやれ、である。
正直、島での暮らしは疲れた。
やるべきことというものはないが、ゴーストとの戦闘、賢者と名乗る老人達の来襲。
そういうことがあって、疲れてしまったのだ。
できることなら、ベットに倒れこんで思いっきり寝たい。
「おかえり〜。大変だったね、この二週間」
ティアが、ボク達を迎えてくれる。
近況は小夜との通信でお互いにわかっていた。だから彼女は、新しく二人の龍騎士がいるということも知らせてある。同時に、彼女たちが元の世界に戻るかもしれない、ということも。
ティアも始めは文句を言ったが、それはからかい半分の冗談だったらしい。
もし、帰りたいのであれば、二日もすれば準備はできる、との事だった。
つまり、白の龍騎士……神坂夏麟と、黒の龍騎士……神坂夏麒は、少なくとも二日後には帰ることができる、ということになる。それを二日で帰れると見るか、二日も帰れないと見るかは、彼女達次第だけど。
「あ、あの……フレイさん」
「ん?」
ボクは部屋に帰って、ゆっくり寝ようとしていた矢先のことだった。
背後から声がしたので、振り返ってみる。
と、そこには夏麟がいた。
「なんだ、夏麟か。夏麒かと思ったよ」
「ぷぅ。私だって、フレイさん、って呼ぶわよ」
頬を膨らませるところが、実に子供っぽい。
しかしボクは眠いので、できれば話は後にしてもらいたいところだ。
「フレイさん。私達、残ったほうがいいの?」
これは、妙なことを訊くもんだ。
島にいる間、散々といってきたのに。
「何度も言うけど、それは君達の自由だよ。別に全員の龍騎士をそろえる必要なんてないんだし、龍騎士になったといっても、別に義務も使命もないんだから、力を手に入れてどうするかは君達の自由なんだ」
「……」
彼女は黙ってしまった。
これも、ボクがこの言葉を言うたびに彼女が起こす現象だ。
考え込んでいるらしいけど、こっちの世界が嫌いなら迷う必要はない。
もしかしたら、考え直したのかな。こっちの世界も、ゲームの世界なんかじゃないって事を。
ボクは、彼女とその弟、夏麒に言っておいた。
この世界は、ゲームなんかじゃないことを。
死んだら、すべて終わりだということを。
そしてボク達の戦い、世界の状況がどうなっているかを。
ボクが知っている限りで、教え尽くした。
始めはよくわかってないようだったけど、マールやベネという、元々こちらの世界にいた人達がいたおかげで、ちゃんと説明することができた。
だからかもしれない。
彼女が迷っているのは。
まぁ、どうでもいいか。
そう言うのは、夏麟が決めることだ。
ボクがどうこう言ったって始まらない。
ボクにできること、それは相談にのることぐらいだ。
「じゃあ、ボクは寝るね。考えるのもいいけど、疲れてるんだったら休んだほうがいい。ベッドに入りながらでも、考えることはできるからね」
大きくあくび。
ふぅ。眠い眠い。
「じゃ、お休み……夏麟」
言葉は返ってこなかった。
眠いのでそれを確認はしない。
ボクはさっさと部屋に入り、ベッドに入り込んだ。
ふかふかで、気持ちのいいベッドだ。
これなら、ゆっくり眠れそうだな。
ボクは目をつぶる。後しばらくこうしておけば、眠りにつくことができる。
「お兄ちゃん」
小夜かな?
でもボクはさっさと眠りたい。眠りたいから、無視することを決め込んだ。
「お兄ちゃん、寝ちゃった?」
まだ寝てないけど、寝たい。
心の中で呟くだけで、口には出さない。
「……あ、あのね……い、いっしょに寝ても、いいかな……」
いっしょに寝るって……
どうせ、同じベットにはいってそのまんまの意味での寝るだろ。
気にすることじゃない。
入ってくるなら勝手に入ればいい。こっちの安眠の邪魔さえしなければ。
……このときのボクは、眠くて……何を考えていたのか、自分でもわからなかった。
だからよかったのかもしれない。小夜の言葉をぞんざいに思いながら、眠ることができたのは。
このときのボクはもう意識の半分が寝てしまっていた。
そしてもう半分が寝てしまうのにかかる時間は、本当にわずかなものだった。
………じゃ、お休み……
ベットに入っているお兄ちゃんは、何の返事もしない。
本当に、寝ちゃったんだろうか。
だったら、今さっき私が勇気を出していったことの意味は、何なんだろう。
小さい頃のように、いっしょに寝たかっただけなのに。
「……いいよね。兄妹だもん。変なことをするわけじゃないし」
それに、今のお兄ちゃんは龍騎士の力を解いたとはいえ、女の子の姿。
変なことができるわけがない。
……本当の姿だったら、どうしていたのかな、私……
「じゃあ、はいりま〜す」
女の子二人ぐらいだったら、眠れるスペースはある。
内心、どきどきしながらお兄ちゃんのベットに入った。
同じ部屋だった柚ちゃんは、夏麟ちゃんと夏麒君の部屋に行くことになったみたい。
また、部屋割りが変わったんだって。
だから、今は私とお兄ちゃんの二人部屋。
……ダブルベットだったら、毎日一緒に寝る口実ができたのにな……
って、私……何を考えてるんだろ。
「……ううん……」
!
お、お兄ちゃん……起きちゃった?
「……ごめん……小夜……」
……?
謝ってるの、私に……?
でも、なんでだろう。
謝られる理由なんて、ないのに。
「……いっしょにいれなくて……ごめん……」
一緒にいれなくて……?
まさか、お兄ちゃん……
私達が10歳のときの夢を見てる?
「大丈夫だよ、お兄ちゃん……私は、ここにいるから……」
……後で思い出しても、これは顔から火が出るほど恥ずかしかったんだけど……
私は、そっとお兄ちゃんを抱きしめた。
私とそう変わりない体格なのに、戦いを続けているお兄ちゃんを。
現在はわけあって、女の子になっちゃっているお兄ちゃんを。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん……大丈夫……」
あのときの夢は、見せたくない。
私自身も、あのときの夢は見たくないから、お兄ちゃんにも見てほしくない。
だって……お兄ちゃんは、私を守ろうとしてくれた。お父さんと、お母さんの喧嘩のときはいつも私を抱きしめて、大丈夫といってくれた。小夜はボクが守る、とも。
考えたら、そのときからかもしれない。私が、お兄ちゃんを恋愛対象として見始めたのは。
「大丈夫だから……大丈夫……」
お兄ちゃん、温かい……
そして、安心するな……
「……すぅ……」
お兄ちゃんを抱きしめながら、私は眠ってしまった。
本当に、温かい……
「フレイ。お前、顔赤いぞ」
朝食時のことだった。
食堂で同じ席に座ったマールにそう指摘された。
因みにボクの朝食はパン、スープ、肉の実の丸焼き、コーヒーというものだ
マールの朝食はパン、サラダ、野菜ジュース……ヘルシーな朝食だことで。
「え、そうかな……」
……言えない。
まさか、小夜と一緒に寝てたなんて。しかも、抱きつかれていたなんて。さらに言うと、妹に抱きつかれてどきどきしちゃったなんてこと、言えるわけがない。
「……それより。あの二人はどうしたの?」
ボクは話題を変える。
その言葉にマールは頷き、こう言った。
「いろんな人に、話を聞きまわってるぜ。……どうするんだろうな、あの二人」
「わかんないよ」
「誰もお前に聞いてねぇっての。まぁいいか。ところでフレイ、あの二人にどうしてほしい?」
おいおい。
どうしてほしいって……
それはつまりあれか。残ってほしい、とかそういうことか?
「それはあの二人の決めることだよ。ボクが口出しするような問題じゃない。そう言うマールはどうなのさ」
逆に、そう訊き返してみる。
「残ってほしいさ。龍騎士が六人そろったんだぜ? 六人もそろえば、ディアドラゴも簡単に……」
「だから?」
ボクは彼女の言葉をさえぎった。
まぁ、気持ちはわかるけど……
「それだけであの二人をとどめるの? それに、ディアドラゴも簡単にって言うけど、やる気のない人を仲間に加えても役に立たないだけだ。だからボクはあの二人にも言ったんだ。帰りたいなら、帰ったほうがいいって。力があっても、やる気がなければ失敗する。そしてその失敗は、『死』へと繋がるんだよ? そう言う危険を伴っているんだ。無理やりやらせるわけには行かないよ」
ボクはそこまで言って、ミルクと砂糖のたっぷり入ったコーヒーをすする。
うん、やっぱりコーヒーはこれが一番だね。
「じゃあ、万が一、あの二人が残って一緒に戦いたいって言ったら?」
「そのときは大歓迎さ。力もあってやる気もある。それに夏麟も夏麒も、いい子だし」
そっか、とマールは頷き、パンを口に運ぶ。
……因みに小夜は、まだ寝ている。
……あんな状態で起こせるほど、ボクは人間ができていない。
なんで、小夜はボクを抱きしめてたんだろう……
訊いてみたいけど、恥ずかしいから訊かないことにしよう。
「おいフレイ。噂をすればなんとやら。夏麟と夏麒がきたぞ」
「ん?」
確かに、マールの言葉通り夏麟と夏麒が、食事を乗せたトレイをもってこちらにきた。
なにか、話があるんだろうか。
「フレイさん。マールさん。実は、折り入って話をしたいです。いえ、貴方達だけでなく、ベネさんとヴァンさんにも」
ヴァンさん?
えっと……あ、柚ちゃんの龍騎士のほうの名前か。
どうやら彼女達は、全員を龍騎士の名前で呼んでいるらしい。
まぁ、そんなどうでもいいことはおいといて……
話って、なんだろう。
「……私の中の、白の神龍が……久しぶりに、みんなとはなしたいといるみたいだし」
「そ、そう……ボクの中の黒の神龍も、そう言ってるみたい……」
恥ずかしがりやなのだろうか。
夏麒は夏麟の背後に隠れながら、ボク達にそう告げた。
「そっか。だったら後でボクの部屋に来てよ。ベネと柚ちゃんには、ボクとマールで話しておくから」
「……そう言えば、マールさんとベネさんはともかく、フレイさん、ヴァンさんはなんでそう言うこっち風の名前を持ってるの?」
ああ。
これか……
「龍騎士としての名前を、考えただけだよ。理由はいろいろあるらしいけど、こう言う名前を作っておいたほうが、いろいろ便利みたいでね」
実際、フレイアから聞かされたんだけど……難しすぎて、人に説明できるもんじゃない。
スープをズズズッと音を立てて吸う。
最後に甘いコーヒーを飲んでしまって、朝食を食べ終えた。
「じゃあボクは先にいってるね。……小夜がまだ寝てるかもしれないし」
……起こしたら、どんな顔するんだろう。
最近、小夜のことがよくわからない。
……どんどん、ボクのそばから離れていくんだろうな。
そう考えると、少しさびしい。
けどそれは仕方ないことだからと、納得させる。
さて。柚ちゃんとベネに、話をつけるか。
ううん……
私は、ゆっくりと目を覚ました。
あれ?
「おにいちゃん?」
部屋のどこにも、お兄ちゃんの姿はなかった。
……先に起きて、朝ご飯を食べにいったのかな……
だったら、起こしてくれても…………そう言えば、一緒に寝ちゃったんだった……
ビックリしたかも……
「……」
「あ、小夜。起きてたんだ」
突然、お兄ちゃんに声をかけられた。
ビクッてしちゃうけど、声の出ないように歯を食いしばった。
「あ、お兄ちゃん……おはよう」
努めて、平常心を装って朝の挨拶。
うう……ど、どんな顔して接したらいいんだろ……
「おはよう。ああ小夜。もう少ししたら、龍騎士が全員この部屋に来るから」
「へ?」
龍騎士が、全員?
「うん。ほら、龍騎士それぞれには面識はないけど、その中にいる神龍は……ほかの神龍に会うのも、久しぶりだろうから。話しをさせようってことになって。もう、全員にその話しはわたってるから」
うん。
それで……?
「そうだ。小夜は朝飯がまだだったよね。早く食べに行ってきなよ。ボクはもう食べちゃったし……」
え? 食べちゃったの、もう。
………いつもなら、一緒に食べるのに。
「ほらほら。早く朝飯を食べにいきなよ」
……訊かないのかな。
私が、お兄ちゃんと一緒に寝てたことを。そして、抱きしめちゃってたことを……
それとなく訊こうと思ったけど、恥ずかしくて、とても訊けたものじゃない。
「小夜。朝御飯食べないと、一日元気が出ないよ?」
「……うん」
なんとなく、納得できないところがあるけど……私は、いわれるがまま食事をとりに行った。
そして戻ってきたとき。お兄ちゃん、マールさん、ベネちゃん、夏麟ちゃん、夏麒君がベットを椅子代わりにして座っていた。
「あ、小夜。御飯食べ終えたんだね?」
「うん。アレ、柚ちゃんがいないね」
「そうだな。フレイがちゃんと伝えたらしいんだが……」
まだ、来ていないってこと……
「あ。私……席をはずしたほうがいいかな。ほら、神龍さん達が話すんだし」
「別にいてもいいじゃん。あ、話が面白くなさそうって言うんだったら、別だけど」
お兄ちゃんが笑いながらそういった。
私はお兄ちゃんの隣に移動して、座った。
「しかしそうしてみると、ほんと似てるな……お前等」
マールさんの言葉に、思わず私とお兄ちゃんが向き合う。
「あ、ほんとだ」
今木がついたのか、ベネちゃんがそう言って手を叩く。
「顔つきがまったく一緒ね」
「……髪の色とか、長さとかは違うけど……」
神坂姉弟も、似ているという意見を出す。
そんなに、似てるかな。
二卵性といっても、双子だしね……
「そういえば。二人は、どうするの?」
お兄ちゃんは話題を変えて、夏麟ちゃんと夏麒君にそう訊いた。
二人は龍騎士の変身を解いて、普通の状態……普通の、双子の姉弟の姿になっている。
夏麒君はお兄ちゃんと一緒で、元に戻ったときに男の姿でいることができるみたい。
お兄ちゃんは女の子の姿のままでいることもあるけど……なんでだろ。
「……すみません。まだ、答えが出ていないんです」
「なに言ってるのよ、夏麒。答えが出ていないんじゃなく、まだわかんないんでしょ? それに……あのこと、言うつもりあるの?」
夏麟が、あのことといった瞬間。
夏麒の顔が、ぼっと赤くなる。
「だ、だめだよ、それいっちゃ!」
「はいはい。可愛い弟の頼みですもの。約束はちゃんと守りますよ」
ふふふ、と夏麟ちゃんは笑う。
何の事かはわかんないけど……嫌な予感がするのはなんでだろう。
「す、すみません。遅れました……」
どうやら、柚ちゃんがやってきたみたい。
肩で息をしている……相当、急いできたみたいだけど、なにやってたんだろ。
「遅いぞ、柚」
「すみません……ちょっと、野暮用で」
野暮用?
なんだろ。その野暮用って。
ま、どうでもいっか。
そう思っていると、柚ちゃんは……むぅ、私と逆の、お兄ちゃんの隣に座った。
私と柚ちゃんで、お兄ちゃんを挟む形になっている。
むむむむ……
私と柚ちゃんは、一瞬にらみ合った。
負けません、とその瞳が語っている。
私も負けないもん! と目で返す。
「おうおう。両手に花……いや、自分自信も花になっちゃってるモンなぁ、フレイは」
「からかわないでよ」
お兄ちゃんがそう言うけど、顔は笑ってる。
からかっていると、わかっているからだろうけど……私は駄目。こっちが赤くなっちゃう。
「それより。全員がそろったんだ。……ボクは、フレイアと変わるから」
途端、お兄ちゃんの雰囲気が変わる。
お兄ちゃんが、お兄ちゃんでなくなったように。
「……よし。皆、聞こえているな? わかっていると思うが、私が赤の神龍だ。名を、フレイから与えられてな……フレイア、と今はいう」
「そっか。じゃあ次はオレだなぁ? オレが青の神龍、イエロ。マールからこの名を与えられてるぜぃ」
マールさん……ううん、青の神龍、イエロさんがそう言う。
……神龍のイメージとあわない喋り方だけどね。
「私(わたくし)は緑の神龍。アーブル、という名前を与えられました。それにしてもイエロ、貴方はもう少し、責任というものを……」
「アーブル。どうでもいいじゃんか、そんなの。あ。あたしが黄の神龍。フレイア、イエロ、アーブルのように名前は決まってないけどね」
決まってないのか……
「私もおなじ、ね。名前をつけられてはいないわ。それは、黒の神龍も同じ。ね?」
「……」
あれ。
黒の神龍さん、黙り込んじゃった。
「……」
「……まったく。その、人見知りの激しさを何とかしろ……アレから、何年経ったというのだ、黒」
フレイアさんが、腕を組んでそう言った。
ポッと、夏麒君…ううん、黒の神龍さんが、赤くなった。
「そのとおりですよ。白、黒がどうやって契約者を得たんですか?」
アーブルさんが、丁寧ながらも毒を含んだ口調で訊いた。
「ええ。ただ、その子と黒がはなしあって、意気統合したことはわかるんです」
「別にいいじゃねぇかい」
どこか、投げやりな口調で言うのはイエロさん。
「だから貴方も、その性格を何とかしたほうがいいのではないですか?」
「……私としては、アーブルのそのきつい性格をどうにかしたほうがいいと思うがな」
しーん。
いきなりの沈黙。
「黙り込んだ、ということは……自分で認めているのか、それ」
「フレイア。貴方は、そのデリカシーのなさをどうにかしたほうがいいのではないですか?」
「お前に言われる筋合いはない」
……
え、えっと……
なんか、ヘンな空気が部屋に充満している……
「ああ。もうこのまま話し合わせても、仕方ないや。終わり終わり」
突然、隣に座ったお兄ちゃんが立ちあがった。
変わった雰囲気は、もう元に戻っている。
「ボクはちょっと体を動かしてくる。じゃ、そう言うことで」
それだけ言って、お兄ちゃんは立ちあがり……反論のないうちに、いってしまった。
「……逃げましたね」
「……逃げたね」
「逃げちまったモンはしかたねぇな」
「気持ちはわかるけど……」
「………」
神龍さんたちが、口々にそう言う。
ただ一人、黒の神龍さんは黙り込んじゃっているけど。
「……ま。そういうことだ。俺は部屋に帰らせてもらうぞ」
マールさんも元に戻ったらしく、そう言って部屋を出て行く。
夏麟ちゃん、夏麒君もそれに続いて部屋を出ていった。
「……私、やっぱりこっちの部屋のほうがいいです。あの二人も悪くはないのですが、やっぱり更夜さんのお側にいたいです」
ゆ、柚ちゃんって……
「小夜さんはいいですね。兄妹だから、一緒にいても怪しまれませんし。兄妹だから、同じ部屋にいてもおかしくな…」
「そんなの、関係ないよ」
私は、柚ちゃんの言葉をさえぎった。
「だって。兄妹だから……確かにそうなのかもしれないけど……お兄ちゃんに、気持ちを伝えたとき。受け止めてくれるか……血もつながってるし……確かに今は、兄妹じゃないのかもしれないけど、私は……勇気が出ない。兄妹だからって、断られるのが。血が繋がっているから、私の気持ちを否定されるのが」
そう。
それが、私がお兄ちゃんに告白できない、最大の理由。
友達に、漫画とか小説とか映画とか。そういうに喩えて訊いてみたこともある。
……でも。綺麗事しか、かえってこなかった。
「世間じゃこういうの、駄目だから。お兄ちゃんも、そう考えていたらって思うと……」
「小夜さんも、私とは違う悩みがあったんですね。……ですけど。私、容赦しませんよ」
「うん……」
柚ちゃんは、それだけ言うと去っていった。
……一人になった私は、ベッドに倒れこむ。
さまざまな考えが、頭を巡っていく。
「……お兄ちゃん……」
優しくて、かっこよくて……でもドジで……
鋭いときは鋭いのに、鈍いときはとことん鈍くて。
お兄ちゃんは、私の事をどう思ってるのかな?
……訊いてみたいけど、きっと、私のことを妹としてしか見てくれない。妹に対する『好き』はあるかもしれないけど、それ以上は、多分、ない。
ゴロンとベッドの上で転がってみる。
そう言えばお兄ちゃんは、身体を動かしてくるって言ってたよね。
いこうかな。
やめとこうかな。
まぁ、ここで寝転がっているのも暇だし、いってみよう。
よいしょっと。
私は体を起こすと、お兄ちゃんがいるであろう場所。訓練施設に向かうことにした。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
息を吐きつつ、炎を練る。
「すぅぅぅぅぅぅぅ」
吐き終えたら、今度は息を吸いつつ『熱』を練る。
自分の能力を練り、自分を中心として円を描かせることにより『力』を鍛える修行法……錬魔陣を、ボクは行なっていた。
肉体を鍛える筋トレなんかの、『力』を鍛えるバージョンといえば、わかりやすいだろう。
能力を休まずに使いつづけるには、『力』のみならず、体力や集中力も消耗する。
それが、錬魔陣だ。
ボクの練り上げた『炎』と『熱』が、、ボクを中心とした半径一メートルぐらいの範囲で、踊っている。
集中するために目をつぶってはいるけど、『炎』の動きも、『熱』の動きもわかる。
そこに今度は、『魔炎』……実体の炎じゃなく、魔力による炎を混じらせる。
ググっと、『力』を搾り取られるのを感じる。
声が出そうになるのを、歯を食いしばって押しこむ。
……どれくらい、そうしていただろうか。
『炎』、『熱』、『魔炎』という三つの力を一度に使うのは、大量の『力』、集中力を消耗する。
まず、火力が落ちた。熱も、どんどん落ちていく。
『炎』と『魔炎』も、燻りに変わっていくのを、感じた。
限界か……
それを感じたボクは、『錬魔陣』に注ぎ込んでいた『力』の供給を、ストップさせた。
その時点で、『錬魔陣』は終わりだ。既に燻りになっていた『炎』と『魔炎』は消え、加熱されていた熱が、残った。
ゆっくりと、眼を開く。
全身から、珠のような汗が流れている。
その汗のせいで額にべっとりと髪の毛が引っ付いて、気持ち悪かった。
ただ、服のほうは汗を吸収してもそこまでべとつかなかった。
さすが、龍騎士の着ている服って感じだ。
「ふぅ」
一息つき、ボクは差し出されたタオルを受け取って、汗をふき取った。
……ん? 差し出された?
ボクは、首を横にひねって、理解した。
「あ、小夜。タオルありがと」
そう、小夜がいたのだ。
どうやら、彼女がタオルを準備してくれたらしい。
『おいおい。いつからそこにいたとか、そう言う質問は無しか?』
だって、何時からいようとタオルくれたんだから、御礼言うほうが先だろ?
……また、だんまりか。
別にいいけど。
「お兄ちゃん、がんばるね」
「まぁ、ね」
今回行なったことは、『力』を鍛えるという意味がある。
だけど、ボクはそれだけのために鍛錬をしているわけじゃない。
『あること』をするために、『力』を鍛えているんだ。
その『あること』が完成すれば、戦術にも幅が出ると同時に新たな技を習得することができる。
『あること』というのを平たく言うのなら、応用の利く新技の開発、といったところかな?
技、というのはちょっと語弊があるかもしれないけど。
「ところで小夜。みんなはどうしたの?」
「自分の部屋に戻っていったよ」
そっか。
まぁ、あの時はフレイアも少しあせっていたようだったから、ボクがああやって切りぬけてあげたんだけど……
『すまぬな、更夜』
いや、いいって。
ボクもあの言葉には納得できたし。
「お兄ちゃん。ちょっと、その剣借りてもいいかな?」
へ?
なんでだろ。
「うん。はい」
ボクは右手の剣を、小夜に渡した。
何故右手の剣を渡したのか? 理由なんてない。なにも考えずに剣を渡そうとしてそうなっただけだ。
「あ。軽いんだ」
「まぁ、そうだね」
『そうだろうな。主が貸す事を許したのだから』
ん? それって、どう言うこと?
『簡単な話だ。その剣は主……つまり、お前が使うときに最も力を発揮する。そしてその剣は主の命令には絶対服従なのだ。できないことは除いてな』
ふむふむ。
『今はお前が小夜に貸す事を許したから小夜にも扱えるほどに軽く感じている。だが、お前が許さなかったときは、扱えぬようになっている。だが、お前が許したのならば、剣に封じられた炎の力を発揮させることも可能だ。お前ほどではないがな』
ふ〜〜ん。そうなのか。
ボクは一生懸命剣を振っている小夜を見て、なんか、自然と笑いがこみ上げてきた。
本来、片手で持つための剣を両手で持ち、力いっぱい上から下に振り下ろしている。
「はははは」
「もぅ。笑うことないじゃない……」
「ごめんごめん。ところで、どうして剣を借りようと思ったの?」
途端、小夜はうつむいた。
え? ボク、なにか変な事言った?
「……私、魔法を覚えても……お兄ちゃんの役に立てなかったから。だから、剣も少しは覚えようかなって」
そうなのか。
でも。でもね。
「駄目だ。小夜の手を、汚すわけにはいかない」
ボクはこの数週間内に、数え切れないほどの命を葬ってきた。
……確かに、ボクは向かってくる敵しか、倒していない。でも、その敵にもいろんな事情があることを、ボクは知っている。
エーアデで戦った、あの人。魔薬の力を使い、悪魔の力を得た男。彼が言うには、ディアドラゴの兵士は皆、刑務所に入れられていたものたちだったらしい。
彼らも、生きたくて戦っている。
……だけど、ボクは戦うことをやめようとは思わない。
別に『正義』とか『運命に導かれて』とか、そう言うのじゃない。
たとえ護る為でも、剣を振るってしまったから。
ボク自身の誇りにかけて、逃げ出すことはできない。
「……小夜。ボクは、小夜が覚えた魔法が防御系だって事を聞いて、安心したんだ。敵を倒す力が、それでないんだから。小夜には、敵を倒す必要なんてない。だから、剣を覚える必要もないよ」
あの二人に言った言葉…『力があっても、その意思がなくちゃ意味がない』…とは逆になるけど、意思はあっても力がなくては、意味がない。
想いだけでも、力だけでも駄目だという言葉が、ある。
力のない意思は無力。意思のない力も無力。
少なくとも、ボクはそう思っている。
「小夜は、今のままでいい。だから、無理に力を得る必要はない」
だけど、もし……小夜が力を得たら。戦うことのできる力と、意思を持ったら。ボクは、どうするんだろう。
そんなことをちらりと考え、やっぱやめる。
いつものことだけど、未来のことはわからないものだから。運命なんて、ないんだから。
「さて。ボクはもうちょっと鍛錬するけど、小夜はどうする?」
「え……えっと。私は……うん。もうちょっと、ここにいる。お兄ちゃんの、鍛錬を見てるから」
小夜はそう言って、近くのベンチへと走っていってしまった。
剣をボクに渡して。
『ふ……。なかなかの言葉だったぞ、力のない意思は無力。意志のない力も無力とは』
……いや。そうでもないよ。
どこかで聞いた言葉を、ボクが思ったようにいじっただけだから。
元の言葉は、『力なき正義は無力。正義なき力は暴力』だったな。
『いやいや。意志なき力……確かにそれは無力だな。力を振るおうとしないのだから』
まぁ、力を振るおうと思わなければ、持ってないのと同じだからね。
『力を持つものはたいてい戦う意思を持っている。そう言う意思を持たぬものはたいてい、自分の知らぬ力を与えられた場合だな』
今回の場合がそうだね。
『そうだな。ところで、お前はいいのか?』
いいのかって……今更じゃないか。
ボクは、もう覚悟を決めてるから。敵を倒す覚悟も……そして、もう一つの覚悟も。
『だが、あと一つ……覚悟を忘れてるぞ……わかってるのだろう?』
わかっている、つもりでいるけどね。
そっちのほうは、まだ覚悟はできてない。だから、戦うんだ。守るために。
『……がんばれよ、緋村更夜。龍騎士フレイ』
な、なんだよ。いきなり、両方の名前を言うなんて。
……反応なし。黙っちゃった、か。
ちぇ。
「じゃ、ボクはボクの鍛錬をしますか」
小声で呟き、今度は新技の開発に移る。
……覚悟、か。しなければならないときが来るかもしれないけど、できればそんな覚悟はしたくない。
大切な人を、殺されたときの覚悟なんて。
私は、お兄ちゃんの鍛錬を見ていた。
……違う。目では見ているけど、頭の中じゃ全然違うことを考えていた。
私じゃ、お兄ちゃんの役に立てないのかな。柚ちゃんのように、戦う力もない……私はただ、守られているだけなんだ。防御系の魔法は覚えたけど、それでお兄ちゃん達の、戦いの助けになったことはない。戦いの場に行っておきながら、私自身は戦いの中にはいなかった。
……お兄ちゃんは、必要はないって言っているけど、私は……お兄ちゃんに守られてばっかりはいや。
お兄ちゃんと、同じ場所に立ちたい。お兄ちゃんと一緒に、戦いたい。
でも、龍騎士の力はすべて使われてしまっている。お兄ちゃんは赤。マールさんは青。柚ちゃんが緑。ベネちゃんが黄。夏麟ちゃんが白で夏麒君が黒。
お兄ちゃんと同じ場所に立って戦うには、別の力が必要。でも、私は先頭向きの魔法を覚えることはできない。剣も、お兄ちゃんは教えてくれないと思う。ううん、ほかの人だってきっとそう。
私は、守られてばっかり……
「お兄ちゃんは、どうして私に戦ってほしくないの?」
思わず、声に出してしまう。
応えてくれるわけがないとわかっていながら。だって、お兄ちゃんは鍛錬中だもん。聞こえてもいないとおもう。
だけど、その答えはすぐに返ってきた。
「小夜に、あの気持ちを知ってほしくないから」
その声が耳に入ってきたとき、私はちょっと混乱した。
なんで、答えが返ってくるんだろうと。お兄ちゃんは鍛錬しているはずなのに。
「敵を倒すってことは、人を殺すって事なんだ。フレイアに教えてもらっていて、覚悟はできている。だから、ボクは戦える。でも、小夜は覚悟がある? 人を殺すことが。人生を奪うことが」
私は、顔を上げた。
そこには、お兄ちゃんの……いつも以上に、引き締まった顔があった。
「できるの?」
もう一度、その言葉は投げかけられる。
……人を、殺す? 殺す、ころす、コロス……その言葉が、私の頭を駆け巡り、理解した。
そして理解は、恐怖を呼び起こしてしまう。
体が、震えた。どうしようもならないほどに。
そしてそれが、お兄ちゃんへの答えになったみたい。
「……できないよね。普通は。本当は、ボクもこんなことは言いたくない。だけど、小夜に戦ってほしくないから。小夜に、人殺しなんてことさせたくないから。そんなことはボクだけでいい。そのせいで地獄に落ちることになっても、小夜達を守ることができるのなら、かまわない。
それに、戦いは命を落とすことだってあるんだ。ボクは、その覚悟はできた。死にたくはないけど、死んでも文句は言わない。そのつもりでいる。
だけど、小夜が死ぬのだけは覚悟できない。というより、考えたくない。だから……小夜まで、戦いの中に入ることはないんだ……」
……お兄ちゃん。
目頭が、熱い。
お兄ちゃんが、こんなにも私のことを考えていてくれたなんて。
こんなにも、心配してくれていたなんて。
「まぁ、だから。本当は、あの二人と一緒に帰ったほうがいいのかもしれないんだけど」
「……お兄ちゃん。わかった。もう、無理いって戦いの中に入っていったりしないよ。でも、元の世界には帰りたくない。だって、お兄ちゃんと一緒にいたいから」
……言っちゃった。
でも、これだけでお兄ちゃんに私の気持ちがわかってもらえるとは、思えない。
一緒にいたい、ただそれだけで愛が告白できるのなら、誰も苦労はしないよね。
「……それと。私、お兄ちゃんが死んじゃうのは、覚悟できないよ。だから、絶対死なないで。お願い」
私は、祈るように手をあわせて、お兄ちゃんを上目遣いに見やった。
上目遣いなのは、私が座っていて、お兄ちゃんが立っているから。
「………………………………」
「お兄ちゃん?」
黙り込んじゃったお兄ちゃんを、呼びかける。
でも、返事は返ってこなかった。
「お兄ちゃん……」
「え? あ、うん。わかった。約束する。ボクは死なない。そして、小夜も死なせない。約束する」
うん!
「ところで。そこに隠れている二人……怒らないから、出ておいで」
え?
隠れている二人……って?
「あ、ばれてた?」
そう言って、近くの茂みから出てきたのは、夏麟ちゃんだった。
続いて夏麒君が夏麟ちゃんに隠れながら出てきた。
「うん。始めから。聞いてたんだよね、ボクの言葉」
始めからって……
え? え? え?
「訊いてた……けど、よくわかんなかった」
い、いつからいたのかな………この二人。
「あの……いつ頃から、そこにいたの?」
「だから始めから。ボクが話をはじめた頃には、もう二人とも隠れてたよ。知ってたから、ああ言う話をしたんだ」
えっと、そうなの……
ってことは、訊かれちゃった?
「で。なに? ボクは言うことは全部言っちゃったよ。質問されたら答えられることは言ってあげるけど、参考になるもんじゃないと思う」
お兄ちゃんはそう言って、二人を一瞥した。
「……訊きたいことってのは、たいしたことじゃないのよ。ちょっと気になってね」
「対したことじゃない?」
「うん。フレイさん、付き合ってる人いるの?」
ってちょっと!
な、なんて質問を!?
あ、お兄ちゃんの顔が引きつってる!
「あ、質問悪かったか。じゃ、好きな人はいるの?」
って、ええ〜〜〜〜〜!
し、質問しにくい質問を…………さすが、小学生……………
「スキナヒトハイナイヨ・ツキアッテイルヒトモ」
引きつりまくった顔のまま、お兄ちゃんは言葉を紡いだ。
よ、よかった………好きな人がいないんだったら、私にもまだ、チャンスはあるよね?
でも、なんで夏麟ちゃんは、そんな質問を?
「あ、質問は以上です。ほんとはもっと真面目な質問をしたかったけど、フレイさんに先に言われちゃったし……訓練、がんばってください! じゃ、いくよ、夏麒」
夏麒君の手を引っ張っていってしまう夏麟ちゃん。
………なんだったんだろう。
私は、お兄ちゃんを見てみた。
まだ、顔が引きつっていた。
「お兄ちゃん、顔……ヘンだよ」
思わず、噴き出しちゃうほどに。
「…………気にしていることを、さらりと言う娘だね、夏麟は」
こ、声に怒気が混じっていて、怖いよ………
「わ、私、部屋に戻るね」
「あ、ちょっと待ってよ。ボクも一緒に行く。なんか、やる気がなくなっちゃったし」
そ、そうなんだ……
それにしても。
あの二人とも、明日でお別れか……
短い期間だったけど、別れって、やっぱり……少し、つらい。
でも。悲しがってちゃ、しょうがない。
帰るということを決めたのが彼女達だったら、それを私達の都合でかえちゃいけない……
お兄ちゃんが言っていたその言葉。それは、正しいと思う。
だって、それはあの老人達と同じことをやっているんだから。
私だって、自分で決めたからここにいる。
だから……彼女達の決めたことに、文句をいってはいけない。絶対に。
そして、ついにこのときがやってきた。
訓練所の地面に、大掛かりな魔方陣を描くのを手伝わされて、もうすっかりくたくたになっちゃったけど。
二人は、私達にどうするかを教えてはくれなかった。
ううん。彼女達も迷っているのかもしれない。
「さ、準備はできた。後は、あの二人の心構え一つだよ」
ティアさんがそういって、こちらに向き直った。
送元術師は、このティアさんになったみたい。
「小夜も帰る?」
その言葉に、私は首を振る。
だって。
「私は……お兄ちゃんと一緒にいたいから」
「へぇ……ラヴだね」
……………
「気、気付いてたの?」
思わず、声が上ずってしまう……
ああ、顔に熱が……
「っていうか、気付いてないの更夜だけなんじゃない?」
ううう………
「三角関係♪ 三角関係♪」
あう〜〜〜
そこまでばれてるなんて……
「あ、もう行っていいよ。愛するお兄様のところに♪」
「か、からかわないで〜」
「あはは。だって、小夜はからかうと可愛いんだもん」
ううう〜〜〜〜。
「冗談はともかく。夏麟と夏麒を呼んで来て。準備はできたから、ね」
うう……うえ?
い、いきなりそんな真面目な話になられても……
「わかった?」
「わ、わかった」
私はそれだけいうと、訓練施設を後に、夏麟ちゃんと夏麒くんの使っている部屋へと向かった。
柚ちゃんも一緒にいたけど、関係ない。
私は、夏麟ちゃんと夏麒君に準備が整ったことを伝えた。
「……どうするの? ふたりとも」
「あの。小夜さんは?」
夏麟ちゃんが、そう問いかける。
既にそれに対する答えをお兄ちゃんに対して出していたために、簡単に言葉に出た。
「私はこっちに残る。……正直、帰りたくないから」
帰りたくない理由は、いろいろある。
その、一番と二番に来るのが……
お兄ちゃんと離れたくないというのと、お母さんの再婚………
召喚(柚ちゃんが言うにはメタファライズ)される前日に、再婚して別の町に移り住むという話を、持ちかけられた。
……私は、お母さんの再婚相手と会う気はしなかった。それどころか、再婚されることに対して、激しい嫌悪感を持った。
…………私は、本当はお母さんのことが嫌いなのかもしれない。だって、お兄ちゃんと離れ離れになったきっかけを作った人だから。
それでも、私を大切に育ててくれた。
だから、今まで嫌いだということを否定していたのかも。
嫌いということを否定しなかったら、日常すべてが嫌になってしまいそうだったから。
「帰りたくないから?」
「うん。…………いろいろ、あってね」
思わず、顔を伏せてしまう。
そう、いろいろ……あったから。
「いろいろって?」
「夏麟さん……人の過去を探るのは、やめておいたほうがいいですよ」
夏麟ちゃんの詮索を、柚ちゃんがぴしゃりと止めてくれた。
「小夜さんは、自分の意思でこちらに残ることを決めました。ですから、貴方達も自分で決めてください。リアルワールドに戻るか、ドラゴテールに残り戦うか」
その言葉に、夏麟ちゃんはうなだれた
「貴方達がどう言う選択をするかは、自由です。ですが、後悔をすることがないようにしてください。後悔をするような選択は、一番……つらいですから」
うん、そうだね。
私は、こっちに残ることを決めて……後悔はしていない。
それはきっと、お兄ちゃんも同じだと思う。
「柚ちゃんの言う通りだよ。自分がしたいって思うことをしなくちゃ。……ここでの選択が、これからを決めちゃうかもしれないから……」
夏麟ちゃんたちにとっては、重い選択になるかもしれない。
それでも、自分で選ばないと意味がない。
……本気で、命がかかった問題だから……
「うん……わかった。ボクは、決めた」
「え?」
立ちあがった夏麒君の顔は、今までのおどおどしたものとはまったく違う。
なんて言うか……お兄ちゃんみたい。
「ミーティアさんに話に行くよ。夏麟は、どうするの?」
「え? え〜〜っと。私は……そうね。私も、決めた。じゃ、一緒にミーちゃんのところに行きましょっか」
み、ミーちゃん!?
ミーちゃんって、ティアさんのことだよね?
確かに本名はミーティアだけど……
う〜〜ん、ミーちゃん………
そして去っていく二人だったけど、大きな謎がまだ残っている。
結局二人は、どっちを選んだんだろう……
結局、お兄ちゃんと私と柚ちゃんの計3名が、訓練室の前に召集された。
ティアさんは何も言ってないけど……
多分、夏麟ちゃんと夏麒君との、お別れの……
「それじゃあ、三人とも。手紙とか、ない? あっちに送ることもできるけど」
「ない。……送るべき人も、いないし」
お兄ちゃんが、そう言った。
私も同じだったから、首を縦に振る。
「えっと、特には」
「ふ〜〜〜ん。フレイはともかくとして、小夜と柚が手紙を書かないってのは意外だね」
「フレイはともかくってところは気になるけど、そのようだね」
ふっと、どこか遠くを見つめるように、お兄ちゃんは言った。
「まぁ、そうだね。じゃ、二人とも。だってさ」
ティアさんの言葉に対応して、訓練室から出てきたのは……
夏麟ちゃんと夏麒君だったんだけど、少し表情がおかしい。
別れを悲しんでいるって風じゃないし……
「じゃ、二人とも。言うことある?」
「あ、別にないよ」
「………」
あ、夏麒君がまたうつむいちゃってる。
「じゃ、そういうことで。またね」
夏麟ちゃんがそう言って、訓練所にはいっていく。それに黙ったままついていく夏麒君とティアさん。
あれ、お別れの挨拶にしてはちょっとおかしいな? まぁ、確かに私達があっちに戻れば、会う可能性もある。
だけど、それで『また』と断定するのは早すぎる気がする。
ちょっと考えてみて……ティアさんの性格を考えたとき、ある一つの可能性に、思い当たった。
まさか………
と、訓練室の扉の隙間から、まばゆいばかりの光が溢れ出した。
どうやら、送元が始まったらしい……んだけど、ある可能性を考え付いたから、実際に中で何をやっているかはわからない。
……やがて、その光が消えた。
がちゃりと戸が開いてやってきたのは、ティアさんだった。
「無事、すんだよ。っていうか、三人して何? その顔」
ティアさんがそう言って、私達の顔を指差し、笑う。
私はお兄ちゃんと、柚ちゃんの顔を見てみた。
ちょっとしかめ面。だけど、それを笑う気にはなれなかった。
だって、私も同じ顔をしているってことが、わかるから。
「ホンと、おっかしぃの」
「おかしいってなんだ……」
お兄ちゃんが抗議しようとしたけど、言葉がとまった。
その理由は、抗議しようと思った相手にある。
私達のしかめ面を見て、笑い転げてる夏麟ちゃんの姿が、そこにあった。
「……」
ああ、夏麒君まで……表情微妙だけど、笑ってるのはわかる。
「その顔からするに、ばれちゃってた? 私達が帰らないの」
「まぁ、ね。ティアの性格と、夏麟の言葉を考えたら」
やっぱり、お兄ちゃんもそう推理したみたい。
「……こんなことなら、また会うときまでって言っとけばよかったかな?」
「そこまでしてだます必要ないよ、夏麟」
的確なツッこみを、夏麒君がいれる。
……なんかこの二人、いつも漫才やってるみたい。
「と、いうわけで。これからしばらく、姉弟ともども、お世話になりま〜〜す」
「お世話になります……」
二人が、丁寧にお辞儀をする。
「それはわかりました。ですが、何をやっていたんですか? まさか、私達をだますのが目的だったんですか?」
「ああ、違う違う。こいつらね、手紙を出したの。しかも未来の自分達にって」
二人の代わりに説明したのは、ティアさんだった。
そっか、未来の自分に……
こっちの世界から戻ってきた、自分達に、手紙を……
「あはは。だって、面白そうじゃん。あっちではそんな時間はたってないんだろうけど、こっちでは何ヶ月かいるもんね。これからどれくらいいることになるのかってのもわかんないし」
「そうか。じゃ、これからよろしく」
そう言って、お兄ちゃんは手を差し出した。
夏麟ちゃんは、不敵に笑ってその手を握る。
握手だ。
夏麟ちゃんの次は、夏麒君。
夏麟ちゃんと夏麒君は、私達にも握手を求めた。
そして、夏麟ちゃんが私と握手をするとき、こっそりと耳打ちした。
「うちの可愛い弟はね、どうやらフレイさんに恋しちゃったみたいなの」
って。
…………ええええええ!?
「じゃ、そう言うことで。あ、因みに私は傍観者ですから。それじゃ〜〜〜」
そう言って、去っていく夏麟ちゃん。
残された夏麒君は、それを追いかけていってしまう。
「やれやれ。結局、残っちゃったか」
「そうですね。ところで小夜さん。さっきから固まってますが、どうしました?」
「……」
声をかけられても、私は返事をすることができなかった。
………まさか、ライバルが一人増えたなんて、言うことなんてできない。
お兄ちゃんに肩を叩かれても、目の前で手をぴらぴらやられても、反応を示すことができなかった。
……はぅ。
なんとなく、波瀾の予感がした。
TO BE CONTINUED
後書きっぽいもの
第七話ということで………ラッキーセブン。
まぁ、どうでもいいけど思い立ったが吉日とか言うので、これから後書きを付け加えていきます。
今まではちょっとした理由で後書きを書いてませんでした。
理由は……対したことじゃありません。
ただ、次回予告をするのはできるだけやめようと思っていたら、後書きも書かなくなったと、ただそれだけです。
何故、次回予告をしないのか? それは、この物語だけでなく、自分の書くほかのものにも言えることですが、行き当たりばったりに話を進めているので、次の話の雰囲気が、じぶんにもわからないからです(おいおい)。
ただ、ラストや途中途中のエピソードは考えてあるので、それにそらせて話を作るんですが、そのエピソードにたどり着くまで、どんな話になっているか?
まったくわかりません。
最悪(なのかどうなのかは知りませんが)、ラストやその考えた(というより思いついた)エピソードが変わってしまうかもしれないのです。
そればっかりは、自分にもわかりません。
しかし、この行き当たりばったりで書くと言うスタイルが、自分の性にあっているんですね。
ってなわけで、このスタイルを崩すつもりはありません。それに楽しいし。
次回の大まかな話は……突入か、強襲か。
そのどっちかです。
さて、どっちにしようかな〜〜っと。
それでは次回の第八話も、お楽しみに。
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