ドラゴテールアドベンチャー
第八話 『狂戦士の強襲』


作者名:カイル


「あ〜〜〜〜、つかれた〜〜〜〜」

 もう既に、草木も眠る丑三つ時といった時間帯。
 空の見はりをしたあと、どうも寝付けなくてこうやって鍛錬をしている。
 錬魔陣と剣の鍛錬をやってたもんだから、疲れちゃって、疲れちゃって。
 そのくせ、眠くはならない。
 ……そろそろ、眠気がきてもおかしくはないのに。

「うぇ〜、汗が気持ち悪い……」

 龍騎士の姿の時の服は、汗をかいても快適でいられるけど元に戻ったとき(今回も女の子の姿だった)は、そうはいかない。
 服に汗がべっとりと付いて、気持ち悪いし汗くさい。
 それに、今着ている服は借り物だから、さっさと洗濯しておかないと。

「この時間なら、誰も入ってないだろうから……」

 そう、呟きながらボクは、お風呂に行くことを決意した。
 ボクは本当は男なわけで、こんな姿でお風呂にはいるというのは気恥ずかしくて仕方ないけど、誰もいないんだったらまぁ、いいや。
 ここしばらくの間、いろんな女の人におもちゃにされたこともあったけど、忘れたいから忘れることにしよう。

 一度部屋へ帰り、着替えを取り出してお風呂へと向かう。
 いったい何処から水が出てきているんだ? という疑問はともかく、この艦のお風呂は大浴場だ。
 しっかり、男湯と女湯が分かれている。
 ボクはこんな姿なので女湯に入っていく……
 っていうか、こっちにはいるのを今まで強要されていたために、なれちゃったのだ……
 初めの内は、引きずられながら入っていったっけなぁ……(しみじみ)。

「う〜〜ん、誰もいないお風呂って良いよねぇ」

『色々できるからな』

「そうそう、色々できる……ってこら、フレイア。んなわけないだろ」

 いきなり、心の中で声を上げるフレイアに対し、ボクは声をあげて抗議する。
 以前も言ったと思うのだけど、別にフレイアに対しては声を出す必要はない。
 まぁ、それでも声を出すのは、なんとなくというやつである。

『いや、お前元は男……ならば、女の身体というものはそれなりに興味深いものだと思っていたからな」

 そりゃ、興味はある。
 だけど、それは一般にいる女の子であって、自分がそうであったりしても嬉しいことではない。

『ほう、ならば他の女ならばいいのか?』

 まぁ、そりゃ見たくないっていったら嘘になるけど、恥ずかしいじゃん。

『お前も女だろうが。今は』

 悲しいことに、それが事実だ。
 ため息を付きつつ、ボクは湯に浸かった。
 こんな時間帯ならば、誰もいないのでゆっくり、かつゆったりと浸かっていることができる。

「ふぃ〜〜〜〜。やっぱお風呂っていいよね」

『そうか。それはよかったな』

「うん」

『一般的に、お前のようになった奴は風呂好きになるって聞いたことがあるが……』

「え、そうなの? でもボクは元から風呂好きだったからねぇ。銭湯にはちょくちょく行ってたよ」

『何だ、つまらん』

「つまらんいうな!」

 くっそ〜〜〜。
 バカにして〜〜〜〜。

『まぁ、どうでも良いことだ。それより、鍛錬の成果はどうだ?』

「ん? それはまだまだ。形はできたんだけど、十分程度しか持続しないや。短期決戦をするときにしか、使えないよ。それに……実践に投入できるかどうかも怪しいところだしね」

『そうか。……ん?』

「どうかし……」

 ボクは、フレイアが何に気づいたのかが分かった。
 誰かが、お風呂に入りに来たのだ。

「……ど、どうしよう!」

『どうしようったってな……』

 それにしても、こんな時間にいったい誰が……

「! お、お兄ちゃん?」

「って、小夜?」

 …………………
 ま、まさか小夜が?
 でも、何でこんな時間に?

「ご、ごめん! すぐに、出るから……」

「あ、いいの。そのままで……」

「え、そう?」

 そう言われて、ボクは湯に浸かりなおす……
 ……って、それじゃ意味ないじゃん……

「お、お兄ちゃん……」

「え、なに?」

 ボクは視線をそらしながら、答えた。

「……どうして、こっち見ないの?」

「そ、そりゃ……」

 思わず、言葉に詰まる。

「………さ、小夜。こんな時間に、どうしたの?」

 目をそらしながら、ボクは聞いてみる。

「え? え、え〜〜〜と……なんか、眠れなかったから、お風呂に入ってすっきりしよっかな〜〜って」

 ……そういえば、一度部屋に帰ったとき……小夜の布団はあまり膨れていなかったような……

「そ、そっか」

「う、うん」

 ………沈黙。
 な、なんとなく気まずい空気……

「……お、お兄ちゃん!」

「な、なんだい小夜」

 『なんだい』って何だろう。
 いつもなら、『何?』のはずなんだけど……

『緊張しすぎだ。相手は妹なんだろう?』

 妹だろうが何だろうが、相手は裸の女の子なんだぞ!

『ふむ。なるほど』

 何を納得してるんだ、フレイアは。

「……い、いい湯だね」

「そ、そうだね……」

 ……兄妹そろって何を言ってんだろう、ボクたちは。

「じ、じゃああがろうか」

「う、うん」

 ………
 しかし、どちらも先にあがろうとしない。

「さ、先に上がっていいよ。ボクは後から上がるから」

「お、お兄ちゃんこそ先に上がったら? 私、もうちょっとはいってるから……」

「そ、そうか……うん、分かった」

 浴槽の縁の所においといたハンドタオルで局所局所を隠して、ボクは上がる。
 そそくさと、逃げ出すように。

 

 脱衣所で、なんとか着替えを済ませて、部屋に帰ろうとしたときだった。
 突如、サイレンが鳴り始めたのは。
 これは……?
 と、スピーカーからティアの声が鳴り響く。

「緊急事態発生! こんな時間だから、目の覚めた奴は片っ端から操舵室に集合! 敵襲よ敵襲!」

 …………マジッすか。
 いやぁ、お風呂の途中でいきなりサイレンがならなくてよかった。
 って違う。さっさと行かないと……

「お兄ちゃん! いったい何事なの!?」

 突然のことに驚いたのだろう。
 小夜が、声をかけてくる。
 ボクは小夜に行ってくると言おうとして、見た。
 タオル一枚前に下げただけの、小夜の姿を。

「ぶは!」

 勢いよく、鼻血が出る。

「キャ……お兄ちゃん!?」

 ああ、心配してくれるのは嬉しいのだけどまずはその格好をどうにかしなさい。
 っていうか抱きつかれちゃったりしたら胸の膨らみとか何とかが思いっきり身体にひっついて来ちゃって……

「ぐふ!」

 鼻血、再び。

「お兄ちゃん……しっかりして……お兄ちゃん!」

 …………このときのボクは、自分が女の子になってしまっていることなんて、すっかり頭から消え去っていた。
 赤の龍騎士の出動は、しばらく先のことになりそうである。

 


 

「お、お兄ちゃん……」

「あ、大丈夫だから……」

 なんとか、復活することのできたボクは早足で操舵室に向かった。
 小夜は行かなくても良いはずなんだけど、ボクの後に付いてくる。

「それより、敵襲って……こんな時間に……」

「こんな時間だからこそ、かもよ。小夜、こんな時間帯が一番油断しているもんなんだ。だから、そこをねらったんだろうね」

 だからこそ、何人かの見はりをたてているんだけど。
 操舵室にはいると、そこには人がごった返していた。
 どうやら、結構遅れてきてしまったらしい。

「飛龍部隊はすぐに出動! 魔導師隊は甲板に出て応戦! 残りは敵が侵入してきたときのために備えてて!」

 既に、皆への説明は行き渡っちゃったらしい。
 大量にいる人の間を縫うようにして移動し、ティアの元へと急いだ。

「ティア! 敵襲って……どういうこと?」

「どうもこうも、攻めてこられたのよ。ディアドラゴの部隊に」

 ……ついに、攻められたか。
 いつかはこんな時が来るかもなって思っていたけど、思っているのと実際に起こるのでは、ものすごく違う。

「他の人は?」

「ん。マールとベネはもう外行って戦ってる。残りの三人は、まだ寝てるみたいでね。ここに来てもいないよ」

 ……まぁ、中学生や小学生は普通寝てる時間だからね……

「じゃぁ、ボクもすぐに行く。小夜を、宜しくお願いします」

 ボクはそういって、甲板へ向かった。
 艦にいる様々な魔導師達とすれ違いながら、甲板へたどり着く。
 首から下げていた首飾りの形をしている龍騎士になるための道具……『神具』を握りしめ、龍騎士へと変身する。

 龍騎士となったボクは、空へと羽ばたいた。
 周りには、飛龍にまたがる戦士の姿があった。
 彼らと戦っているのが、敵の軍勢なのだろう。
 こちらが思い思いの格好をしているのに対し、相手側は全員が統一された鎧を身につけ、色とりどりの龍にまたがっていた。

『……混戦か』

 うん、確かに混戦だ。
 互いにぶつかり合い、そしてどちらかが堕ちていく。
 ……これが、戦いだ。

 敵の軍勢の鎧は、黒を基調としたものだ。
 槍や、剣を持ち、こちらに向かってくる。

「はぁ!」

 向かってくる兵士を二、三人、まとめて切り捨てる。
 ここまで味方の人なんかがいると、広範囲無差別攻撃は使えない。
 ……たとえば、鳳凰昇天波とかね。
 あんなの使ったら、味方の人まで巻き込んでしまう。
 だから、小範囲で効果のある技を使わないといけない。

「ふぅぅぅぅぅぅぅ……」

 小型の、火炎弾を呼気と共に生み出す。
 その数、二十。
 本気を出せばこれの十倍ぐらい生み出すことはできるんだけど、そんなコトしたらやっぱり狙い以外を巻き込んでしまう。
 だから、今はこれだけ。

「いっけぇ!」

 かけ声と共に、その火炎弾を投げつける。
 火炎弾は鎧の兵士達を焼きこがし、消し去る。
 むろん、それだけで終わるはずがない。
 あっちの人達は、ボクが危険だと認識したようだ。
 大勢の軍団が、ボクめがけてやってくる。
 だけど、甘い!

「てりゃぁ!」

 両手に握った剣を振るい、向かってくる人達を、斬る。刺す。蹴る。焼く。
 あちらの方々も、ただ武器を振り回すわけではない。
 騎乗しているドラゴンは、氷の息吹を放ってきた。

「寒!……だったら、こっちは熱波だ!」

 左手をそのブレス方向へとかざし、熱波を放った。
 寒波と熱波はぶつかり合い、雲散霧消をする。

 と、そこへ……

「でりゃ! 来たか、フレイ」

 ブレスを吐いていたドラゴンを切り裂いたのは、マールだった。
 攻撃してくる戦士達を相手にしながら、ボクにそう声をかけてきたのだ。

「まぁね。それにしても凄い量の相手だね」

「そうだな。だが質より量ってコトできているらしいぜ、この団体様は」

「まだ決まった訳じゃないだろ。もしかしたら、質がすんごい奴が来てるかも」

「そうだな。……フレイ。ここでこうしていてもはじまらねぇだろ? 一気に、敵の艦につっこもうぜ。短期決戦だ」

「うん、オッケー」

 マールの言葉に頷いた。
 そして、敵の艦は何処かと首を回してみる。

「ねぇ、敵艦は?」

「あれだよ、あれ」

 マールの指差す先には……
 おっきい戦艦があった。
 上空にあるその巨大な機体は、月明かりを遮ってしまっていた。
 なるほど、だから異様に暗かったのか。

「よし! いこうか!」

「そう来なくちゃな」

 ボク達は不敵に笑いあうと、敵の戦艦めがけて飛翔した。
 戦艦をやらせまいとして、戦士達がこちらに攻め込んでくるが……
 それで、『龍騎士』を倒そうなんて、甘すぎる。

「どっけぇぇぇぇぇ!」

「さもねぇと、叩っ斬るぞ!」

 傍目からみればコワイんだろうな。
 剣を振り回した二人の女の子が突っ込んで来るんだから。

「おい、あいつら……」

「あぁ……龍騎士だ」

 そう、聞こえたと思ったら……
 急に、ボク達の周りに人がいなくなった。
 っていうか、みんなボク達を避けている。
 ボク達を避けて、後ろの人達に、狙いを定めたようだ。
 どういうことだろう。
 ……誰かに、『龍騎士は狙うな』っていわれていたりして。
 だとすると、相手の狙いは?

「フレイ! 危ないぞ!」

「え?」

 マールの声に、ハッとなる。
 そして、気づいた。
 大砲の弾が、放たれていたことに。

「てぇい!」

 剣で、その弾を切り裂いたけど、それがいけなかった。
 切り裂いた瞬間、その弾は爆発したのだ。

「ぐ……」

 い、今のは……結構効いたな……
 っていうか、『龍騎士』じゃなかったら、死んでたかもしんない。

「大丈夫か?」

「うん……まぁ、なんとか。ってマール! また、来たよ!」

 チッと舌打ち。
 あっちが大砲の弾……っていうか、爆弾で攻撃してくるのならこっちは……

「炎の、矢だ!」

 瞬時に炎の矢を生み出すと、爆弾めがけて放つ。
 強烈な爆発音と共に、その爆弾は破裂する。

「フレイム……カノォォン!」

 叫び、今度は炎を収束し、発射した。
 フレイムカノン(さっき名前つけた)はさっきの爆弾を誘爆させ、敵艦に向かって伸びる。
 あれがあたれば落ちはしないでも、ダメージを与えることぐらいはできるだろうなと思って発射したつもりだった。
 だけど、ダメージを与えることはできなかった。
 フレイムカノンを途中で遮った奴がいたからだ。

「なっ」

「ヒヒヒヒ……赤と、青の龍騎士かぁ……」

 その遮った奴は、男か女かも分からない格好をしていた。
 全身を黒い、材質の分からぬアーマーを着込んでいる。頭部には妙なプロテクターで覆われていて、表情が読めない。背中には蝙蝠のような羽根がある。最も、悪魔よりも禍々しい感じがするけど。
 そしてこれが一番奇妙な点なんだけど……
 奴には、手が六本ある。
 そのうち二つが焼き焦がれていることからして、さっきボクが放ったフレイムカノンをその腕二つを犠牲にして受け止めたんだろう。
 彼の得物はクローのようだ。グローブ指先から伸びた、三十センチ前後のクロー、月明かりを浴びて鈍く光っていた。

「ククククク……イイねぇ……ここまで興奮したのは、とっつかまる前に戦ったあの傭兵の時以来だ! さっきの攻撃もなかなかにキたぜぇ……」

 ……なんなのだろう。
 この悪寒は。
 今すぐにここから逃げ出したい、そんな気持ちが……いつもより、高くなっている。

「クククク……もう、ビンビンキてる……興奮しすぎて、イッちまいそうだ……」

 このとき、ボクは理解した。
 こいつは、狂っているって事に。
 そして、酔っている。酒でも薬でもなく、戦いそのものに。
 更にいえば、戦いに……性的興奮を見いだしているようだ。
 正直言ってこんな相手とは戦いたくないんだけど……
 でも、相手をしなくちゃ逆に狙われそうだ。
 ……ならば、相手をするため……奴の注意を、ボクにひきつけるための言い返す言葉は、こうなる。

「……せっかちな人だね。男だったらこういうとき、雰囲気を大切にするモンじゃないの?」

「もう、我慢ならねぇんだよ……イかせてもらうぜ!」

 瞬間、彼の姿が闇夜に消える。
 だが、気配だけは消えていない。
 その、独特な気配は強烈に自己主張し、その場所をボクに教えてくれた。

「そこだ!」

 火炎弾を練り上げ、投げつける。
 だが奴は、その火炎弾を軽く避けてみせる。

 ならば、これならどうだ。
 一つで駄目なら、百の火炎弾だったら!?

「あめぇ!」

 奴はそう叫び、向かってくる火炎弾を避けた。
 避けきれなかった火炎弾は、全てクローによって切り裂かれる。

 だけど、火炎弾は……

「フェイクだよ」

 火炎弾を裂いたことで、奴の動きが止まった。
 そこを狙い、ボクは切り込んでいく。

 がぎ!

 ボクの両手の剣と、奴の両手のクロー……それが互いにぶつかり合った。
 だけど奴にはまだ、二本の腕が残っている。

「死ねぇ!」

「ボクは死にたくなんかない!」

 迫り来るクローめがけ、背中の双翼を振るった。
 この翼はただの翼ではない。
 時には武器となり、時には防具となる。
 攻防一体……否、攻撃・防御・移動と、様々なことができる便利な翼なのだ。

「双龍炎剣!」

 剣に、炎の力を練り込ませ、攻撃する。
 だが奴はその性格と容姿に似合わぬ華麗な動きで、それを避けた。
 フレイムカノンで焼かれて使えないらしい二対の腕以外に、ダメージらしいダメージを与えられてはいなかった。
 対するボクは、奴のクローが掠ったらしく、頬に痛みを感じていた。
 『双龍炎剣』を食らわすことができれば、奴を倒すことはできるだろう。
 ……だけど、奴の二対の腕は、ボクの剣を遮ってしまう。
 このままでは、アイツにダメージを与えることはできないだろう。

「これだこれだ! 一瞬の油断が即『死』につながる緊張感……何者にも勝る快感だ……」

 プロテクター越しにも分かる、奴の歓喜。
 ……やっぱり、さっきの攻撃……当てさえすれば、奴を倒すことができる。
 一番の問題は、攻撃を当てられるか、なんだけど。

「……マールは……先いっちゃったか」

 辺りを軽く見回した結果、マールの姿は見あたらなかった。
 おそらくは先に敵艦に攻め込んでいったのだろう。
 まぁ、それはそれでいい。
 こいつは、ボクと戦っている内はあっちに行ったりはしないだろう。
 今のボクは都合のいい、足止め役ということだ。

「なんなら殺してくれ! 龍騎士の神聖なる武器が食い込む……想像しただけで身震いしちまうぜぇ……」

「だったらそこで止まっててよ。こいつを叩き込んであげるからさ」

「それじゃぁ、望む快楽は得られねぇ……本気でいかねぇと、快楽を得る資格なんてねぇんだ」

 奴はそういい、再び闇夜に姿を消した。
 出し惜しみをして勝てる相手ではないということは、はっきりと分かる。
 だったら……こっちは、切り札を使ってやる。
 もっとも、更なる奥の手は、使いたくても使えないんだけど。

「……フレイア。『あの技』……使うよ」

『な、何をいう! あの技は……まだ、実用段階じゃないと、お前もいっていたはず……」

「十分しか使えないんだったら、十分で決着をつければ良いんだろ!?」

 半ば、やけくそ気味に声を放った。
 納得したのか、それとも呆れたのか。
 いずれにせよ、フレイアからの返答はなかった。

 剣を鞘に収め、両手に炎と熱、魔炎を凝縮させる。
 奴は様子をうかがっているのか、攻撃をしてこようとはしない。
 構わずボクは、炎・熱・魔炎を凝縮したものを宙に浮かせた。
 ……まず、これで第一段階は終了。
 そして、言葉を並べた。
 ……第二段階に必要となる、言葉を。

「我が力を糧にして ……生まれいでよ! 鳳炎《ホウエン》! 凰炎《オウエン》!」

 赤光が、夜の闇を照らす。
 右手の炎から生まれ出た、ホウエンと……左手の炎から生まれ出た、オウエンの生み出す、生誕の産声によって。
 ホウエンとオウエンは、鳳凰の姿をしていた。
 炎の鳥、鳳凰。二人の名前も、それからとったものだ。
 二つは実体を持っており、そしてボクの『力』を具現することもできる。
 いわば、ボクの分身だ。

「……時間がない……ホウエン、オウエン。行け!」

 闇に紛れていた奴を、赤光がまともに照らし出す。
 そしてその場所に向けて、ホウエンとオウエンは凄まじい数の火炎弾を放った。
 上から、下から、横から、斜めから。
 ホウエンとオウエンの放つ、火炎弾のオールレンジ攻撃を、奴は避け、そして切り裂いてそれを避けていた。
 しかも、余裕の表情で。
 でも、そこに……

「ボクが、切り込んだらどうなる?」

 いいつつ、奴に迫った。
 双剣を振りかざし、斬りかかる。
 奴は刹那に動きが止まったけど、ボクの剣による攻撃を避けた。
 だけど、そこにはオウエンが待ちかまえていた。

 オウエンは、その身に備え付けられた武器……鉤爪で、引っ掻いた。
 傷みに顔をゆがませたけど、それに耐えてクローの矛先をオウエンへと向ける。
 だけど、甘い!

「ホウエン!」

 上空からはホウエンが、斜め後方からはボクが、そして正面にはオウエンが。
 全く異なる方向から、攻撃を仕掛けた。

 ホウエンの武器はその翼である。その翼は、例えるとすれば剣だ。その翼は刃のように鋭く、ボクの使っている剣と同様、或いはそれ以上の攻撃力を持っている。当然、オウエンと比べれば、攻撃力がある。
 オウエンの武器は鉤爪だ。短くて攻撃力はそこまで高くはないけれど、その分オウエンのほうが敏捷性に長けている。

 三方向からの攻撃に、奴は逃げた。
 下方へと。
 スルリとボク達の攻撃を避けた奴は、こちらを一別し、闇へと隠れた。
 今度は、気配を完全に絶っている。
 張りつめた空気が、アイツがこの近くにいるということを証明している。
 一体、どっちに隠れたんだろうか。
 そう思っていた、その次の瞬間だった。
 突然、ホウエンとオウエンの姿が霞んでいく。
 それだけではなく、ボクの『力』が……どんどん、抜けていく……
 この感じは、まさか……

「う……」

 ヤバ……
 タイムリミットだ……

『ほら、いわんこっちゃない。だいたい、使用時間十分というのは万全な状況で、だろう? 戦闘最中に使用したら、その時間が縮まるのは当然のことだ……』

 ……さっきの時間、せいぜい1〜2分……
 鍛錬をやり直さないとな。
 って、今は、それを考えている暇はない。
 奴は、今まで異常に厄介なことに、気配を完全に絶っている。
 本気になったということだ。
 対するこっちは、力が抜けてしまい……万全とは言い難い状態。
 ……ちぇ。やばいね……

 ひゅっという、風斬り音。
 そっちに向かい、火炎弾を投げつける。
 今のボクでは、一度に生み出せるのは火炎弾十個程度。
 ……最もそれは、相手にダメージを与えられて同時に数も出すという、バランスを取った場合の話だ。ダメージ重視とか、動きを封じるためとかの状況に応じて、十という数字は上下する。
 今回は、バランスを取ったので、十個ぐらいになる。

 ……これで、仕留められるわけがないということは、充分に分かっている。
 これより数段攻撃力の高い、ホウエンとオウエンの攻撃や、フレイムカノンを避ける、或いは耐えることをやってのけたのだ。
 仕留められるはずがない。

「甘い……あまいぜぇ! 龍騎士!」

 ほら、やっぱり。
 こっちも結構やばいな……
 こりゃ、防御に専念してないと……やられるかもしれん。

「きゃ〜っはっはっは!」

 甲高く、耳障りな笑い声が響く。
 ……正直、かなりきつい。
 ああ、さっさと仕留めりゃよかった……
 後悔しても、既に遅し。
 二対のクローが、ボクを襲う。
 下へと落ちる事で避けることはできたけど、気が付いたらつま先が目の前に迫っていた。

「く!」

 間一髪のところで顔を逸らして避けたものの、次の瞬間……

いん!」

 頬を、裂かれた。
 そのせいで、自分でも訳の分からぬ声を上げてしまう。

「しゃぁ!」

 カハ……

 奴の繰り出したクローが、腹に突き刺さった。
 声は、出なかった。出せなかったといった方が、正しいのかもしれないけど、このときのボクはそれどころじゃなかった。
 傷みと共に、全身を違和感に襲われた。
 具体的に、何処がどうっていうのは言えない。だけど、すっごく、嫌な感覚。傷みとはまた違った、不快感。
 なんなんだろう、これは……

「とどめだぁ! 死ねぇ!」

 死……
 この違和感はもしかしたら……
 死の……?

 クローが、近づいている。
 やけに、その動きはスローだ。
 それに対して、ボクの体は動かない。
 感覚だけが先行し、身体のほうがついていっていないのだ。

 ……ボクは、死ぬのか?
 ……死にたくはない。それは、誰だってそうだろう。
 だけど、目の前にあるのは『死』……
 怖かった。恐ろしかった。逃げたかった。
 だけど、逃げることはできなかった。
 身体が、動かない。
 ちくしょう……なんで、動かないんだよ……
 動け……うごけよ!

 想いは無常。
 身体は、ちっとも動かない。
 ボクは……死ぬのか……?

「だめぇぇぇぇ!」

 ……?

 突き立てられた爪が、何かにぶつかったようだ。
 突然、動きが止まって……そして、はじかれた。
 次の瞬間、光の矢が彼を狙撃した。
 ……命中はしていなかったようだけど、身体のよろめいたそこに間髪入れず、黒い何かが、襲撃した。
 一体……何が、起こって……?

「お兄ちゃん……大丈夫?」

 さ……よ……?

 口を動かしたけど、声は出なかった。
 ここは空中のはずなのに、何故小夜がいるのか。そして、飛翔のための『力』も出せなくなったボクが、何故落っこちないのかすら、わからなかった。

速く鋭き翠の力よ その力により我が目の前に立ちふさがる者を裂け……

 ……呪文?
 でも、小夜じゃない……?
 じゃあ、一体誰が……?

風神裂波!

 風が、吹いた。
 鋭い、爪のような風が。
 黒い何かは、そこから離脱。誰かが唱えた術が、奴にぶちあたった。

「大丈夫でしたか、更夜さん」

「あ……う……」

 のどから、絞り出すように声を出す……
 けど、声は出ない……
 意識のほうも、ぼんやりとして……目の前に、何があるのかすら分からない。

「……あとは、私たちに任せて下さい。小夜さん……いきましょう」

「うん。じゃあお兄ちゃん……バリアを張っておくから、そこで休んでてね」

 ……小夜……?

「……今日は……私が、お兄ちゃんを護る!」

 


 

「……今日は……私が、お兄ちゃんを護る!」

 私は、力強くそういった。
 少なくとも、力強くいったつもりだ。
 ……いつもは、守られてばっかりだモン。
 だから今日は……お兄ちゃんが深手を負ってしまっている今だから、守りたい。
 今、私は……空中に防御のための魔法を使って、それに乗ることでここにいる。

 何故、私がこんなところにいるのか……
 私は、ちょっと前のことを回想した。

『小夜さん? これは一体、どういうことですか?』

『こんな時間になんでこんなにうるさいのよ〜』

『あ、あの……これって一体……?』

 やっと起きてきて事情も分からない緑・白・黒の龍騎士に、私はこの状況のことを話した。
 ……その時だった。いいようのない、不安に駆られたのは。
 この不安に駆られたとき、必ず(お兄ちゃんに関する)嫌なことが起こった。
 昔……どこかの神社で、火事が起きて……その中に、お兄ちゃんがいたとき。お兄ちゃんが交通事故に巻き込まれて死にかけたとき。……お兄ちゃんと、離ればなれになったとき。
 だからこそ、私は……三人に、頼んだ。
 同行をさせてくれるように。
 ……確かに、私は戦うことはできない。けど、護ることだったらできるから。

「……龍騎士サマが、団体で……かぁ……」

「なんか、凄く不快な奴……」

「う、うん……怖い……」

 神坂姉弟は、そういって……彼をみた。
 彼は……まるでバーサーカー……狂戦士……

「……夏麟さん、夏麒さん。……行きますよ!」

「はい!」
「は、はい!」

 柚ちゃんのかけ声と共に、三人は飛んだ。
 柚ちゃんは拳で……
 夏麟ちゃんは、遠くから銃で……
 夏麒君は槍で……
 それぞれに、攻撃を開始した。

「……お前達では……興奮しねぇなぁ……」

 こ、興奮って……

「……もうチッと、面白くさせろよぉ……意識がぶっトんじまうほどにサァ!」

 な、なんか本当に……嫌な相手……

「……死にたくなかったら……抵抗してみなぁ?」

 いったその瞬間、視界から……狂戦士が消えた。
 けど、それは私だけだったみたい。
 三人は素早くその動きを察知して、それぞれに動いている。
 私は……ただ、お兄ちゃんを護るためのバリアを、張ることに専念しているだけ。
 ……正直、ちょっと……悔しい。

 私の目では知覚できない戦いが、繰り広げられているみたい。
 所々に光がほとばしったり、風斬り音が聞こえたり、轟音が響いたりする……
 私に分かるのは、それくらい。
 ……私は、私のできることをするだけ。
 今の私にできること……それは、防御のための術を使って、お兄ちゃんを護ること……

「う……」

「お兄ちゃん……気がつ……」

 だけど、私は……言葉を失った。
 一瞬……ホンの一瞬だったけど、お兄ちゃんの身体が、ぶれて見えたの……
 見間違い何かじゃない。
 こっちの世界での『死』である、データの崩壊……
 それが、頭をよぎった……

「嘘……だよね……お兄ちゃん……」

 自然と……涙が流れる。
 目の前で苦しんでいるお兄ちゃんを、癒す術を持っていない私。
 ただ、防御のためのバリアを張ることしかできない私。

「……お兄ちゃん……」

 しっかりと、手を握りしめる。
 私と対して変わらない手……顔つきも、そっくり。
 違うのは……中身と、髪と眼。

「……大丈夫、だよね……」

 自分に、言い聞かせるように。

「……約束、したモンね……」

 握りしめている手に、温もりはある。
 だけど……弱々しい、温もり……

「死なないって……」

 だけど、お兄ちゃんは答えない。
 呼吸はしているみたいだけど……
 でも、これじゃあ……

「きゃあ!」

 唐突に、悲鳴がして……顔を上げると、私の張ったバリアに、夏麟ちゃんがぶつかってきた。

「夏麟ちゃん!?」

「……なんだよ……お前ら本当に龍騎士かぁ? さっきの赤い奴の……半分も力を引き出せてねぇぜ……」

 う、嘘……
 柚ちゃんと……夏麒君は?
 そう思って、私は辺りを見回してみた。
 ……二人は、無事だった。
 でも、飛ぶのもやっとという状態みたい……
 夏麟ちゃんも、それと同じ……生きてはいるけど、これ以上の戦いは……無理みたい。

「……そこの女ぁ……お前も、戦うのかぁ?」

 ヒッという、情けない声が喉から出た。
 彼の……プロテクター越しにも分かる……殺気。
 恐怖が、身体の底からあふれ出してくる。
 嫌だ……ここから、逃げたい……

「………………」

 ……え?
 ずっと握っていたお兄ちゃんの手が、私の手を握り返した。

「………」

 そっと、お兄ちゃんの眼が開く。

「……小夜……?」

「き、気が付いたの……?」

「なんとかね……でも……まだ、体がだるいんだ。……小夜。ちょっとだけ……力を貸して……」

 声は、弱々しかった。
 でも……お兄ちゃんは今……私の力を借りたいといっている。
 それが、とても嬉しかった。

「うん。何を、したらいいの?」

 私は……お兄ちゃんから、『こうして欲しい』ということを、訊いた。
 それは、正直……難しい注文だった。

「できる?」

「……分からない……だけど、やってみる!」

 不安はあるけど、お兄ちゃんの期待を裏切るわけにはいかない。
 絶対に。

「……赤い奴ぅ……」

 狂戦士は、こちらを睨み付けている。
 怖いけど、お兄ちゃんはちゃんと起きている。
 お兄ちゃんがきっと、なんとかしてくれる!

「また、ボクが相手だ……」

「……やっと起きたかぁ。今度こそ……俺を……イかせろぉ!」

 うう……やっぱり、駄目かも……

「ぐだぐだ言ってないで、さっさとかかってくれば?」

 指を、クイックイッとして、挑発をしている。
 それに狂戦士は……つられたって訳じゃなさそう。
 むしろ、誘いに乗ったって感じがする。

 狂戦士は、一直線にこちらに飛んだ。
 私は、すぐにお兄ちゃんと私を包み込むように、バリアを張った。
 念のために……三枚、間隔を置いて。
 本当ならもっと枚数おきたいんだけど……今の私の実力じゃ、壁三枚が限界。

「こんな壁で……この爪を阻めると思ってんのかぁ!?」

 叫ぶ、狂戦士。
 あぅぅ……怖い……
 だけど……役割は、ちゃんと果たさなくちゃ……

 狂戦士の爪が、私の張った壁を貫通していく。
 ……どうやら、私の張った壁じゃ、防ぎきれないみたい。
 でも、壁にぶつかった分、勢いはなくなっている。
 それに、さっきは……本気の壁じゃない。
 お兄ちゃんにいわれたことを、実行するタイミングは……今!

「私は……役立たずになんか、なりたくない!」

 声と共に、壁に再び力をそそぎ込む。
 狂戦士の爪を……壁に埋める……
 それが、お兄ちゃんのいった作戦だ。
 お兄ちゃんが、剣を振り上げて……顔面のプロテクターに、一撃を入れる。
 相当堅かったのか、お兄ちゃんは苦悶の表情を浮かべる。そして、プロテクターには、ひびが入っただけだった。

「ぐ……ぐぎゃぁぁぁぁぁあああ!」

 耳を突く、甲高い叫び声。
 そして、彼は……爪がはずれたのもお構いなしに、手を顔に押し当てた。

「ぎぃ……ぐぅ……ぎぁ……」

 声にならない部分もあったみたい。
 プロテクターのヒビが、段々と大きくなってきている。
 私は、お兄ちゃんのほうに目をやった。
 お兄ちゃんは……肩で息をしているほど、疲労している……
 大丈夫、なのかなぁ……

 そんな心配をよそに、顔を覆っていたプロテクターが、完全に割れてしまい……その、素顔が明らかになった。

「な……」
「え……」

 私と、お兄ちゃんは……その素顔に、驚いた。
 手入れをしてなかったせいで、ぼろぼろになっているブロンドの髪。顔立ち自体は端整なのだけど、ゆがんだ表情がそれを台無しにしている。
 だけど、一番驚いたのは……

「女……の子……?」

 お兄ちゃんが、声を絞り出すように放った。
 そう、その言葉どおり……女の人の、顔立ちだった。
 でも、この顔……何処かで、みたことあるような気が……

「ァァァアアアア! いイとこだッタのにヨぉ……!」

 発音が、おかしくなっている。
 プロテクターと顔の隙間から、白い何かが出ている。

「きョウは……ヒヒヒひクコこココトにシよう。マタチカイウチニ……あオウぜ……」

「嫌だね……」

 お兄ちゃんはそういって、両手に握った剣をどちらも、上段から振り下ろした。
 二つの剣は四つの腕のうち、一つを両断した。
 両断した……のだけど、お兄ちゃんの身体が、崩れた。

「お、お兄ちゃん!」

 私は、急いでお兄ちゃんの身体を支えようと、盾の魔法を唱えた。
 お兄ちゃんの、真下に……地面と、平行になるように……

「フレイ! 加勢に来たよ!」

 そこにやってきたのは、ベネちゃんだ。
 よかった……このままじゃ、私もお兄ちゃんもやられちゃうところだったよ……
 だけどベネちゃんは、狂戦士の顔を見たとたん、顔色が変わった。

「……なんで……なんで、あんたがここにいるの!?」

「ぐぎ……?」

 狂戦士は、顔をベネちゃんのほうに向ける。
 ……!
 こ、この二人……顔が、そっくり……?

「……どうして、こんなところに……姉さん!」

 姉……さん?

「だだダレかカかととトオモたらえーベベねじャナイノか……」

 この二人……姉妹なの?

「かかカナらズこコここニももモドドどてクルカらな……」

 狂戦士は、そういって……今度こそ、消えた。
 満身創痍の、お兄ちゃん。
 苦虫をかみつぶしたような顔をしているベネちゃん。
 そして……目の前のことに、ついていけない私だけが、残った。

「……ベネちゃん。あの……」

「今のことは、あとで話す。フレイさんをすぐに艦につれて行くわ。……それに、周りのあの子達もつれていかないといけないみたいだし」

 そういえば……と、私は改めて、辺りを見回した。
 柚ちゃん、夏麒君、夏麟ちゃんが、疲れ果てた表情で宙に浮いていた。

「……姉さん……どうして……」

 私は、今のベネちゃんにかける言葉が見つからなかった。
 ともあれ私と、マールさんを除いた龍騎士は、艦に戻っていったのだった。


 私は今、医務室の前でうなだれていた。
 柚ちゃんや夏麟ちゃん、夏麒君は命に別状はなかったみたいで、大事をとって休んでいるんだけど……
 お兄ちゃんは、ちょっと危険な状態みたい……

 お兄ちゃん……大丈夫かなぁ……

 医務室のドアが開いて、この艦の女医さん……ドゥシアーさんが、出てきた。

「ドゥシアーさん……お兄ちゃんは……」

 私の言葉に、ドゥシアーさんは、忌々しげに顔をゆがめる。

「それは、私が話すよ」

 そういって、医務室から出てきたのは……ティアさんだった。

「ティア、さん?」

「フレイは……ウィルスに感染されている」

 ウィルス……?
 病原菌?

「……ウィルス……あんた達の世界、リアルワールドの言葉で言えば、コンピュータってのが頭に着くけどね。データ破壊型ウィルス。といってもすぐにって訳じゃなくて、潜伏期間とかあるし……早期発見してちゃっちゃとワクチンプログラムを挿入すれば、何ともならないんだ」

 早期発見して……って、ガンみたい……

「だけど、アイツに打ち込まれたのは……この世から、滅したはずのウィルス……簡単にいえば、潜伏期間中はその人に苦痛を与え……そして、発動したらデータを破壊されるっていうものなの」

 え……?

「あ、安心していいよ。フレイに打ち込まれたそのウィルスは、もう除去したから。ただ、問題なのは……その、ウィルスの出所なのよ。っていうか、その保存方法。いくらディアドラゴっていっても、まさかあんな外道な事をするとはねぇ……」

 ……?

「おいおい……ティア、どういうことなんだ?」

「そうだよ、訳分かんないよ」

 って、マールさんとベネちゃん?
 戻ってたんだ……

「あっちはもう引き上げだ。この前出てきたレオンとか、え〜〜と……変な女とかいたが……逃がした」

「逃したくらい、どうでも良いよ。こっちの被害は?」

「ドラゴンが数匹、それに乗っていた奴が数人戦闘中行方不明。二十人ほどが死んじまった」

 二十人……

「……そう……二十人、か」

 ティアさんは、目を伏せる。

「できれば犠牲は出したくなかったけど、戦うのを選んだのは彼らだし……死んでも、私たちがどうこう言える立場じゃないわね……」

 ティアさん……

「死んだ奴らは死んだ奴らだ。今は、生きている奴のほうを気にした方がいいな。で、ウィルスがどうだったっけ?」

 マールさんが、首を傾げてそういった。

「正式名称:DEFOL。意味は悪魔。この悪魔は、自然に生まれたモンじゃない。……こいつは、生物の体内でしか、生息することのできないウィルスなんだ」

「え、でも……お兄ちゃんは……」

「小夜がバリアに挟んでいたあの爪。あのおかげで、全部分かった。あの爪の先には小さい穴が空いていて、そこからウィルスを流している。つまり、ウィルスを体内からクローへと通すことで、相手にウィルスを感染させるって事」

 か、感染……
 嫌な響きだなぁ……

「おい、その言い方はどうにかならないのか? 感染って……」

「だって、そのままの意味だから。つまり……このウィルスは、生物から生物へ……直接打ち込まなきゃ作用しないウィルスだもん。つまり……フレイにウィルスを打ち込んだ奴も、同じウィルスを潜伏させていたって事だよ」

 え、えええええ!?

「ちょっとまった!」

 ティアさんの言葉に、ベネちゃんがストップをかけた。
 私だって、いろいろと聞きたいことがあるんだけど……

「さっき、『潜伏期間中はその人に苦痛を与え……そして、発動したらデータを破壊されるウィルス』っていってたじゃん。だったら、その苦痛を姉……アイツも、味わっていたって事?」

「それくらい、強力な麻薬を服用すれば苦痛を快楽にかえることぐらいできるわ。実際、あのクローについていたウィルスと一緒に、強力な麻薬が検出されたことだし」

 あまりのことに、私たちは全員黙り込んでしまった。
 なんて、事を……

「……お兄ちゃんは? 無事なんでしょ……?」

「ああ、小夜。それは勿論。今は寝てるけど、一週間程度で起きるでしょ。なんだったら、看病しておく?」

「あ、はい……」

 ……あれ?
 ティアさんの表情が、なんか拗ねた感じに……
 なんで、拗ねてるんだろ……

「もうちょっと恥ずかしがると思ってたのになぁ……」

 ………ティアさんって………(汗)


 真っ暗闇の空間。
 そこに、ボクはいた。
 正確には、ボクの意識がそこにあった。
 自分の姿がどうのこうのって話じゃない。
 だいたい、現在のボクは視覚であたりの状況を把握しているんじゃない。
 感覚というか、気配というか。まぁ、そんな感じのもので、周りを把握している。
 何故かは分からないけど、『分かる』んだ。

 そして、その感覚で……何かを感じている。
 だけど、焦点がぼやけているようで、よく分からない。

 そういえば、フレイアはいるのだろうか……

『一応、いるぞ。だが、これはなんなのだ?』

 知らないよ。
 それにしても心配だ……
 小夜の事が。
 他の人達には戦う力があるからいいけれど、小夜には防御の力しかないから。
 なんで、あんなところに出てきたんだろう、小夜は。

『む、あれはなんだ』

 え?

 フレイアが示した方向に、注意を向ける。
 ……誰かが、いた。
 二人。男と女。いや、少年と少女っていった方がいいね。

「お兄ちゃん」

「どうした、小夜」

 ……あれ?
 あれって、小夜と、ボク?
 なんで……? ボクは、ここにいるのに。

『惑わされるなよ。何が起ころうと、自分をしっかりと保て。それに、あれは本物じゃない……幻影だ。それが人為的なものなのか、お前のただの夢なのか……それは分からぬがな』

 うん、わかった。
 それにしてもよかったよ、フレイアがいてくれて。
 こういうとき、ホント心強い。

 あれ、だけど……あの格好……
 目の前のボク達は、制服を着ていた。
 学ランと、セーラー服という、ありふれた制服を。
 だけどボクは、そのありふれた制服姿に……違和感を感じた。

「おかしいよ……これ」

『おかしいのか? ふむ』

 だって、これは……
 ボクが、中学の頃の制服だ。
 そのころのボク達は、学校も違っていたし……あったことがない。
 だけど目の前の二人は、ボクと小夜の中学時代の格好だ……

「……やっぱり、夢なんだね……」

『ああ……』

「フレイア……ボクって、弱いよね。過去に縛り付けられてばっかで。前のゴースト島だってさ、あの人達の言葉で……昔のこと思い出しちゃって、関係ないはずなのに自分の境遇と重ねちゃって……」

 涙が流れている感触があることは、分かっていた。
 だけど、それを拭おうとは思わなかった。

『ふん。弱さを持たぬものなどいない。だいたい、強さとはなんだ? 力があることか? 戦いで破れたことがないことか? 違うな。弱さを知り、それを克服できたもの。それが強者だ。……お前に弱さがあるのだったら、それを克服すればいい。何者にも侵されぬ強さ。自分にも侵されぬ強さ。それを、お前は持て』

 ……………
 正直、今回のフレイアの話はよく分からなかった。
 何者にも侵されぬ強さ、自分にも侵されぬ強さ。
 それが一体何を意味するのか、ボクには分からない。

「弱さを克服する……か。できれば、苦労はしないんだけどね。まぁ、努力はしてみるよ」

 取り敢えず、ボクはそういっておいた。

『努力はしなくていい。結果を見せてくれればな』

 また、サラリときついことをいうことで。

『まぁ、それはイイとして。どうするんだ? これは、お前の夢なのか?』

 知らないよ、そんなの。
 ボクだって……何が何だか分からない。
 覚えているのは、あいつに殺されかけたとき、小夜達がやってきて……そして……?

「そして、なんだろう……」

 分からないよ。
 全然、全く。

「……ねぇ、ボク達……生きてるよね?」

『こうやって、話せているということはそういうことになるな』

 ボクは、それが分かって……ほっと、一息ついた。
 意識だけなので実際に一息ついた訳じゃないんだけど、何となく安心したんだ。

「……フレイア。生きてるって、素晴らしいね」

『何を今更だ。……おい、更夜。私の忠告を聞かず、『ホウエン』と『オウエン』を使っただろ』

 うぐ……

「あ、あれはさっさと決着をつけたかったためで……」

『で、読み違えた、と』

 むぐぐぐぐぐぐぐ……

『だいたい、実際に発動していられる時間が一分弱とは……情けない』

「し、しょうがないじゃないか!」

『だから、今は使うなと言ったはずだ』

 ……返す言葉もない。
 っていうか言葉を紡ぐ気力すらない。

 …………あれ?
 手が、暖かい……?

『ふむ? どうやら、誰かがお前の手を握りしめているようだな』

 え、そうなの?

『それ以外に、考えられるのか? ……さて。さっさと帰るぞ。もう、意識のほうも大丈夫だろう?』

 はっ。そういえば……
 何となく、すっきりしているような……

『さて。さっさと戻るぞ。この、夢の世界からな……』

 うん。分かった。

 そう返事したボクは、手の温もりの方向へと、意識を傾けた。
 途端、グン!とそっちの方向に引っ張られる感覚と共に、意識にカーテンが掛かっていくのを感じていた。

 


 

 ぱちりと、目を開ける。
 ふわりとした感触……
 どうやら、ベッドに寝かされていたらしい。
 見回してみた感じ、どうやら医務室のようだ。ただ、ここの主らしき人は見あたらなかったけど。

 ふと、手をみてみた。
 あのとき感じたとおり、しっかりと手は握られていた。
 ただ、その握っている手の持ち主は疲れたのか、おやすみ中だった。

「く〜〜〜」

 なんて言う、安らかな寝息が聞こえて来るほど……
 気持ちよさそうな眠りだ。

 左手に、点滴らしきものがつけられていたけど、構わずそれを引っこ抜く。
 一瞬の痛みが走ったけど、これくらい何ともない。
 こんな傷みより……気を失う前に感じた事のほうが、何十倍……いや、何千倍もいやだった。
 だから、こんな傷みは何ともない。
 引っこ抜いた針の痕をもんたくる。
 その際に握られていた手を離すことになっちゃったけど。

「……」

 ボクは、彼女に毛布をかぶせた。
 そして思う。
 彼女……ボクの妹の小夜は、ずっとここにいたんだろうかと。

「……」

 言葉も出ない。
 なんか、今回は小夜に助けられちゃったな。

「たまには、こんな時もあっていいか」

 そう、独白する。
 と、その時だ。
 ドアがかちゃりと開き、マールが入ってきたのは。

「おい小夜……いい加減に寝たらどうなん……」

 その入ってきた彼女と、眼があった。
 ボクはすかさず、右手の人差し指を口元に持っていって、左手で寝てしまっている小夜を示した。

 マールは、声にならない声……というよりは、声を出さないようにしているみたい。
 それがなんか、おかしかった。

「……いつ、起きたんだ?」

 近寄ってきたマールは、小声でそういった。
 ボクは同じように、小声で『今さっき』と答えた。

「……俺、みんなに知らせてくる。お前は、こいつについててやれ」

 彼女はそういって、忍び足で部屋を出ていった。
 気を使ってくれたんだろうね。

 ボクは、小夜の寝顔を見つめていた。
 そして、その頭を撫でる。

 小夜は、状況から見ればボクを看病してくれていたらしい。
 一体どれくらい寝たのかは分からないけど……その間、心配をかけちゃっただろうから。

 今は、寝かせておいてあげよう。
 看病と戦闘補助のお礼は、あとでゆっくりと言えばいい。
 そう、彼女が起きてからで。

 

TO BE CONTINUED


あとがき

 なんか久しぶりって感じがします……
 っていうか今回の書き上げは今まで以上にかかりました……
 理由は色々ありますが、そのあたりは割愛しましょう。

 どうも、カイルです。
 まぁ、こうやって書き終えたわけですが……
 謎がかなり残ってます(苦笑)。っていうか謎だらけです(爆)。
 そうそう、今回の新キャラ……コワレ系美少女(?)で狂戦士やっていて更にベネの姉でもあるあの方。名前はラヴニーナ。(彼女の詳しいことは人物紹介のところを参照してください)

 彼女はこれから、だれと戦っていくかは特に決めてはいません。
 別にフレイとでも良いし、ベネとでも良いし。
 多分、その時の気分次第だと思います。

 それにしても、龍騎士三人組(柚・夏麟・夏麒)は弱いですねぇ。
 これは、ただ単に彼らの鍛錬不足です。
 連携もへったくれもなく攻め込んだ結果、返り討ちにあってしまったと、そういうわけです。
 というわけで次回から彼女たちの特訓が始まります。
 ついでに小夜とかも乱入させての修行を……
 ということで次回の案が決定しました。

 それでは皆さん。
 呼んだら掲示板に感想下さいね〜〜〜〜(最近掲示板が寂しくていじけ気味?)

 ………今回でた謎を収拾しきれるかなぁ……っていうか、しなきゃあかんだろ……

 


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