私は服部・葵(はっとり・あおい)。
 現代を生きる、忍者の末裔。
 その忍者の仕事のうち、妖魔の世界を抜け出した妖魔達を元の世界に連れ戻すという仕事をやっている。
 また、妖魔を操って悪いことをしようとしている奴をどうにかするのも私の仕事である。
 さて・・・・今回はどんなことをするのかな?


忍者少女的戦闘生活
第三話 『光の龍と、闇の龍』


作者名:カイル




「やっほ〜、葵」

「うんおはよ、志織。ふぁ〜あ」

 私は、大欠伸を欠いた。それを見た、私の友達の宮原志織は呆れてこういった。

「どうしたの? また徹夜でもしたの?」

「うん、どうしても仕上げなきゃいけないのがあってね。今日はお布団で寝たいな〜」

「ふ〜ん。私ってそんな徹夜経験ってあまりないからな。よくわかんないや」

 分かんなくていいと思うよ、と私は言いたかったが、再び出てきた大欠伸に、その言葉はかき消されたのだった。
 そういえば、きょうから春菜が登校か。女の子として初登校・・・・・まぁさけて通れない道だから彼女には頑張って欲しいな。
 確か一時間目は担任の授業か。だったら多分、春菜への質問でつぶれるだろうから、ゆっくり眠れるぞっと。







「さて、いきなりですがクラスの中村君が、突然ヴァルクリンドというところに行くことになりました。お別れもしないままに行ってしまった彼の無事を祈りましょう」

 クラスの人は、取り敢えずいわれるがままに手を合わせた。
 内心ではどうか知らないけど、うれしがっている奴はいないだろう。そこまで嫌われ者じゃなかったしね。
 っていうか、ヴァルクリンドって北欧神話に出てくる死者の門じゃん。んなところに行ってしまったことになった瞬・・・・・
 ちょっとだけ可哀想だから、心の中で合掌しておいた。心の中でだけだけど。

「では、つぎです。実は、このクラスに転校生がやってきました!」

 途端、え〜〜〜〜! という声が上がる。
 この、え〜〜〜〜! には『なんで今まで教えなかったんだよバカ野郎!』とか、『どういう奴なんじゃいボケ!』といった意味が入っている。
 ま、私にはどうでもいいけどね。それより眠らせて・・・・・・

「それでは、中村さん、どうぞ!」

 担任先生の声で、一人の少女が教室に入ってきた。
 教室の空気が、それだけでかわった。
 そこにいるほとんどの男子生徒が、彼女の美しさっていうか、可愛さに目を奪われた。
 昨日見たときは透き通るような銀髪だったのが、いまは夜空のような美しい黒髪に変わっている。
 流石、変化の力に長けた妖狐の力を受け継いだだけあるね。

「あ、ボ、ボクの名前は中村春菜です・・・・・」

 ボクッ娘かよ! っていう心の中の、叫びが聞こえた気がした。
 だけど、んなもん聞こえたって、嬉しくなっいって。私としては眠りたいんだから・・・・・あ〜もうちょっとで本気で眠れそ〜

「彼女はな、いなくなった中村の従姉妹だそうだ。中村君のかわりといってはなんだが、この中村さんとも、仲良くしてやってくれ」
 はい! っていう元気な声が、ほぼ全員から響いた。
 このクラスって元気いいのが取り柄だよね・・・・でも五月蠅くて眠れないな・・・

「それでは、一時間目は潰して、春菜さんへの質問タイムってことだ!」

 担任先生、五月蠅いからちょっと黙っていて。
 まぁいいや。私は寝る・・・・・春菜が、私の名前をしきりに呼んでいるようだけど関係なし。
 TS少女には、避けては通れぬ道だから頑張れ。兎に角私は寝るから。
 それじゃ、お休み・・・・・・・


 す〜〜 す〜〜(寝)


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「葵さん、ひどいよ・・・・・ボクが何度も呼びかけてるのに、無視するなんて・・・・・」

 春菜が、ぷくっと頬を膨らませながら、そういった。髪は既に、銀髪に戻っている。まったく、あれくらい自分で何とかしなさいよね? 自分のことは、自分でする。そんなの小学生だって知ってるわよ?


 ここは、学校の屋上。時刻はもう九時を回ろうとしている頃である。
 なんで、そんな時間にこんなところにいるかって?  それはね・・・・依頼があったから。
 この世界に許可を取って住んでいる妖魔が、『焔』を通じて依頼してきたのだ。
 あ、『焔』っていうのは、私や辰太郎、師匠なんかのようにこの世界以外の者たちに関係する仕事の上層部だ。そこから、私たちに仕事がやってくる。依頼してくるのは、妖魔だったり、人間だったり。さまざまだ。
 『焔』に組しているのはなにも、忍者だけではない。妖魔使いもいるし、精霊使い(エレメンタラー)や、魔法少女だっている。あと、半妖もいるし、生粋の妖魔もいる。
 種族も持っている力もへったくれも無い。必要なのは、闘えるだけの能力を持つかどうか。
 唯、それだけだ。

「それより春菜。貴女、『焔』に入らない?」

「焔? それってなに?」

 あ、説明しなきゃ分かんないか。私は、わかりやすいように説明をした。

「ふ〜ん。そうなんだ・・・・・でもボク、殺し屋だよ?」

「ああ、殺し屋の元締めとはちゃんと話をつける。裏の世界に住む元締めである以上は、師匠のことも知っているはず。だから、師匠に任せれば大概は大丈夫よ」

「・・・・・大概って(汗)」

「それより瞬、今回の仕事は、お前は絶対に手を出すなよ。お前が余計な手を出したせいで、そんな姿になっちまったんだからな。葵の実力だったら、お前の手助けが無くても捕獲は可能だった。・・・・・別に、俺はお前のやったことが間違いだっていいたいんじゃない。だがな、次は死ぬかもしれないんだぜ?」

 厳しい口調でいうのは、野菊辰太郎だ。まぁ辰太郎の言い分も分かる。あの時、中村君は死んじゃうのかもって思ったくらいだもん。それほど、傍目から見たらやばい状態だったのだ。

「そう、貴女はまだ『狐火』も『変化』もろくに使うことができない。だから、今回は見ているだけ・・・・分かった?」

 こくり、と彼女は頷いた。よし、それならオッケーだ。
 ・・・・・それに、依頼主がやってきたようだからね。

 空から、二匹の龍がやってきたのだ。
 一方は白い龍だったからよく見えたけど、もう片方は黒い龍だったから、この夜空では見にくかった。まぁ私たちのように鍛えられているものにとっては、結構楽に見えたが。
 春菜は、何度も目を擦ってそれを見ていた。

 そして、二匹の龍は屋上に降り立ち、人間の姿に変化した。
 上級以上の妖魔は、人間の姿になる術を持っている場合が多い。
 というより、人間世界に来る許可を得るには、その人間の姿になる術を覚えていることが条件の一つだからである。
 白い龍は、白っぽい服を着た青年の姿になり、黒い龍は黒っぽい服を着た女性の姿になった。

「やあ。俺の名はリヒト。龍族だ」
「・・・・私はシュバルツ。リヒトと同じく、龍族。といっても、リヒトは光を司る龍、私は闇を司る龍なんだけどね」

「私は服部葵。忍者の一人よ」
「俺は野菊辰太郎。俺も忍者だ」
「あ、ボクは中村しゅ・・・春菜です・・・・今は、半妖ですけど」

 さて、自己紹介が終わった。あとは、依頼を聴いて、その仕事を済ませればいい。
 一体、彼等はどんな依頼を持ってきたのだろうか。
 結構楽しみである。

「実は・・・・・俺達の仲間が、この辺りで行方不明になっているらしい。『焔』も龍族を捕獲してはいないらしいから、人間の妖魔使いが係わっている可能性が大きい」

「だから私たちは、あなた達にその妖魔使いのことについて調べて欲しいの。私たちは妖魔だから・・・・・相手に操られてしまうかもしれない。だから、人間であるあなた達に頼むの」

 妖魔は、契約によって人間に力を貸す。主に、闘って勝つとか、何らかの条件を満たせば契約はすることが可能である。
 だが、一方的な契約というのも存在するのだ。
 洗脳、支配。そういったことをする人間というのも、少なくない。
 この前の闇司だって、同じことだ。アレは下級しか操れてなかったようだが、中には聖獣級を洗脳、支配した奴も存在したらしい。

「居場所の見当はついている。あとは、俺達についてきてくれ・・・・」
「そんな必要はないね」

 空の上から、リヒトの声を遮って何者かの声が聞こえてきた。
 上を見てみれば、十数匹という龍達がいた。そして、その龍のうち一匹の背に一人の人間が腰を下ろしていた。

「聖獣級の龍族か。俺のドラゴン軍団も、箔がつくってもんだ」

 そういって、そいつは下卑た笑みを浮かべた。
 私の一番嫌いな、汚い笑い方だった。

「くっくっく・・・・・その前に、ダメージを与えてなやらなきゃなぁ・・・・・聖獣級ともなれば、洗脳球からでちまうからなぁ・・・・抵抗できないようにしてから、洗脳してやるよ・・・・・」

「お前なぁ! 妖魔を、一体なんだと思ってるんだ!? 洗脳? なんで、そんなことをするんだ!? なにも悪いことをしたわけでもないのに、なんでそんなことをするんだ!? 妖魔だって、人間と同じで生きてるんだぞ!? それに、意志もしっかりと持っているんだ!」

 辰太郎が、凄い見幕でそういった。
 そうだ、人間や妖魔に、上も下もない。妖魔が人間をどうこうしようというのも烏滸がましいが、その逆も然りだ。

「それがどうした? 所詮妖魔なんてものは、人間様にはかなわないってことだ」

 その言葉に私は、凄まじい嫌悪感を覚えた。
 人間が一番? 誰がそんなこと決めた? 人間だから、妖魔だから・・・・それだけで、自分が優位に立ったと思う馬鹿者がいるのだ・・・
 こんな人間がいるから・・・・・・
 こんな奴がいるから・・・・・
 やるのなら、実力でやれ! といいたいぞ。それでも、私は私が信ずる正義のために、闘うが。

 正義とは、心の中にある自分が信じる道だ。
 正義を決めるものはこれまで生きてきた時間の質。だから、誰とだって分けられるわけじゃない。
 その道を邪魔する奴は、誰であろうと許せない。

「貴様ぁ!」

 リヒトと、シュバルツはそれぞれ、体の周辺にエネルギー体を七つ、浮かばせた。
 リヒトが白いエネルギー体を、
 シュバルツが黒いエネルギー体を。
 それぞれ、それを妖魔使いに放つ。

「セブンヘブンズ!」
「セブンヘルズ!」

 だが、二人の繰り出したそのエネルギー体は避けられてしまった。アレを避けるとは、あいつの乗っている竜の機動力は相当高いと見なければならない。

「わざわざ、機動力の一番大きい、飛ぶことに長けた飛竜に乗ってきたんだからな。その直線しか飛ばない攻撃なんぞ、簡単に避けられるんだよ。もっとも、それで攻撃してあんたらのお仲間に当たっても知らないがな」

 リヒトとシュバルツは、歯噛みした。
 自分たちの攻撃が、自分たちの部下に当たったら、どうなるか・・・・・考えるまでもないことだ。

「葵、辰太郎。俺達に乗ってくれ。あいつの元に運ぶから・・・・俺の仲間達を、洗脳から解放してやってくれ・・・・・」

「分かった。行くよ、辰太郎!」

 すぐにリヒトとシュバルツは、龍の姿に戻った。
 私たちは、その背に乗ると二匹の龍達は飛翔した。
 ほかの龍達が邪魔しようとしたが、全てリヒトとシュバルツの一睨みで退いていった。
 自分より強いものの睨みというのは、結構有効なのだ。だが、もし相手が玉砕覚悟で突っ込んでくるのであったり、自分より強い相手を何とも思わない奴だったら、そんな睨みは通用しないが。

「来たな・・・・忍者よ。俺をそこらへんの妖魔使いと一緒にするなよ。俺は、妖魔を操らなくても闘う術ってのがあるんだからな!」
 彼は、そういってポケットから何かを投げてきた。
 反射的に、腰から抜いた忍者刀(邪絶刀じゃない)で斬ってしまったが、それが間違いだった。
 斬ったそれから、変な粉が溢れてきたのだ。

「くっくっく・・・幻覚を見せる幻覚草(イリュージョンリーフ)を粉にしたやつだ」

 そういっていたが、こっちとしてはもう遅かった。
 既に幻覚を見せられてしまっている。
 くそ、奴の姿が、あちらこちらに見えてしまう・・・・・
 どっかからか物凄い音が聞こえたけど、気にしないことにした。戦闘途中に気を抜くほど、落ちぶれてはいない。

「ふぁっふぁっふぁ! 如何にお前等が妖魔を捕らえるスペシャリストだろうと、この幻覚草には敵うまい。さぁ、死ね!」

「・・・・・見切った!」

 私は、ある一方向に向けて小刀を投げた。
 ぎゃっという、短い悲鳴が耳を突く。
 それと同時に、私の頬が切れる痛みが走った。

「バカな・・・なぜ、俺の場所が?」

「役に立たない視覚なら、あえて断ち、あんたの気配だけを探ったの。あんたは気配を消していたつもりでしょうけど、攻撃の際に発する殺気までは消せなかったみたいね。・・・まだまだ修行が足りないようね」

「バカな・・・バカな・・・バカな・・・」

 今の奴は、隙だらけだ。それに、焦燥から気配が出てしまっている。
 今なら・・・奴の力を切り裂ける。
 私は、邪絶刀を腰から引き抜いた。
 それで、奴の、悪に染まってしまった力を、切り裂いた。
 念のために説明すれば、この邪絶刀にはその名の通り邪を絶することが出来る忍者刀だ。
 ただし、相手の心に隙がないと、この刀はその効力を発揮しない。
 もっとも、なにを基準に『邪』を判断しているのかは、不明だが。

「・・・・クソ・・・・・能力を失ったからって、負けたとは限らないんだよ!」

 そいつはそういって、飛竜から飛び降りた(そういう気配がした)。
 ・・・・まてよ。確か下には・・・・春菜が・・・・・

「春菜!」

 私は目を見開いて、下を見た。
 すでに幻覚は消え失せていたので、よく見えた。

 奴は、春菜に――――どこに隠し持っていたのか知らないが―――ナイフを突きつけていた。
 あのバカが・・・・・・

「見せしめに、一人死んでもらうぜ・・・・」

「・・・・君が、ボクを?」

 春菜は、ふっと鼻で笑った。

「そんな甘い握りで? そんなにボクに殺されたいの?」

 春菜は、懐から一本のナイフを取り出した。
 ぎらぎらと輝く、一本のナイフを。
 奴は、先手をとって襲ったが・・・・殺し屋として鍛えられている春菜にとっては、それを避けるのは造作もなかった。
 そして素早く、足を切った。
 ぎゃっという、短い悲鳴が、再び耳を突いた。
 あまりの痛みか、彼はそのまま気を失ってしてしまったようだ。
「わるいね。アキレス腱を切らせて貰ったよ」

 春菜は、冷酷にそういってナイフを懐に治める。
 私は、シュバルツの背中から降りると、春菜の元へと向かった。  因みに辰太郎とリヒトは、校庭で仲良く気絶していた。校舎に穴が開いていたことからして、突進してぶつかったんだろう。
 今さっきの物凄い音は、これだったのか。

「春菜、大丈夫?」

「ん・・まあね。あんなナイフの使い方を甘く見ている奴には負けないよ、ボクは。そういえば、洗脳された龍達は?」

 春菜にそういわれて、上を見てみた。十数匹といた龍達が、こっちに降りてくるのが見える。
 そして、皆人間の姿に変化した。
 なお、未だにリヒトと辰太郎は、校庭で気絶している。本当に称もないやつらだ。

 その、龍のうち一人が、私の元にやってきた。

「ありがとう。僕らの洗脳を解いてくれて」

「いえ、こっちも仕事ですので。それに、あとはこいつを『焔』に届ければおしまいですので。罪を犯せば罰があるのは社会の常識。おそらく、数年は監獄で悔やむことでしょうね」

 因みに、やった仕事の報酬は一度『焔』に届けられて、そこから給料が支払われる。
 妖魔がくれる報酬ってのは、大体貴重な鉱石だったり、宝石だったり。そういうモンだ。

「・・・・こら、リヒト。起きなさい!」

 シュバルツが、リヒト(まだ気絶している)の頭をげしげしと蹴っていた。
 あれで起こすつもりらしい。尻に敷かれているんだな、リヒトは。

 私は、未だに気絶している辰太郎と、妖魔使い(そういえば、名前訊いてなかったっけ)を背負った。

「春菜、帰るよ。疲れたし、お風呂にもはいんなきゃいけないし」

「分かったよ。それじゃあ、バイバイ。シュバルツさん」

「ええ。また会うことがあれば、よろしくね」

 彼女はそういって、手を振ってくれた。
 私は、忍法『木の葉隠れ』を使って、一気に師匠の屋敷まで移動したのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 帰ると、そこには師匠と、もう一人の女性がいた。
 今の師匠の姿は、真紅の髪の、少女の姿だった。

「お帰り、葵、春菜。そいつはその穴に入れとけばいいから」

 私は言われたとおり、(元)妖魔使いを近くの穴に落として・・・もとい、入れておいた。
 どうやら、これが地下の牢屋に直結しているらしい。
 まぁいまの私には関係のないこと。

「朧さん、そっちの人誰ですか?」

 春菜は、もう一人の女性のことをいったらしい。

「・・・・そうか、お前は朧から訊いた、昨日半妖になったばかりの者か。だったら、知らなくても無理はない。・・・・久しいな、葵」
 その瞬間、私と春菜はびくっときた。
 何故って、威圧感を感じたからだ。
 でも、この威圧感には身に覚えがあった。そう、私がまだ小学生あたりの頃・・・・・・父上に連れられて、妖魔世界に行ったときだった。
 ってことは、この人・・・いや、この妖魔は・・・・・

「ぬ、ヌヴィエム様!?」

 そう、あの有名な九尾の狐・・・・・妖狐の妖魔である。
 師匠の昔からの友人で、妖魔世界でも神とあがめられている神獣級の妖魔の一人だ。

「覚えていてくれたか、葵よ」

「わ、忘れるわけがありません・・・・・」

 忘れるわけがないと言うか、忘れられなかったと言った方が正しいかもしれない。
 あの威圧感は、そう簡単に忘れられるものじゃない。

「それに、敬語はやめてくれ。葵は私の部下でもないからな」

 いや、そんなことをいわれても。
 ・・・まぁ、一応敬語を使わないよう、善処しようかな・・・

「ねぇ、葵さん。説明してよ。この人、誰なの? 偉い人?」

 知らなくて当然のことを訊いてくる。よし、今から説明しよう。
 さるもげらでも分かる、簡単レクチャ〜と行きますか。

「今日、妖魔の階級のことは説明したわね?」

「うん。下級、中級、上級、聖獣級、神獣級の五つだよね」

「・・・・この方はね、神獣級なの」

 春菜に、沈黙が舞い降りた。

「・・・・あびょ〜ん」

 その端正な顔からは予想できない言葉を発した春菜だった。

「さぁふたりとも、疲れたでしょうからさっさとお風呂にはいるよ!」

 師匠がそういって、私と春菜に着替えを投げつけた。
 実はこの屋敷には温泉があるのだ。
 リューマチ、肩こり、腰痛、その他諸々、呪いに効くという温泉だ。
 因みに、最後の『呪い』というのはあまりに複雑な呪いには効かないのだ。
 例えば、『肉体交換の呪い』ってのがあるんだけど、それを解くには全員が集まった状態で、複雑なる儀式をしなければいけないのだ。もっとも、その呪いをかけるにも同じようなことをしなけりゃいけないんだけどね。
 ああ、春菜のこれは呪いじゃないから、元に戻すことは不可能だ。
 もし『変化』の呪いであれば、簡単に解くことが出来るが。
 簡単に言ってしまえば、これは簡単な呪い程度ならばこれにつかるだけであっという間に直ってしまうって訳だ。

「葵さん・・・・・ボク、男だよ? 一緒に入っていいの?」

「ああ、それなら心配はいらないわ」

「だって、君はもう女の子・・・・」

 師匠がそこまでいったとき、ヌヴィエム様・・・・おっと、敬語は使わないようにいわれたっけ。ヌヴィエムが、師匠の鳩尾を容赦なく殴った。師匠はそれでうずくまる。

「それはお約束だから、口にするな」

 ひどく冷めた言い方だった。そしてうずくまる師匠を尻目に、ヌヴィエムは春菜に言った。

「半妖の娘よ。お前は元は男だったそうだが、気にするな。私は今はこの姿をしているにすぎない。特に性別が決まっているわけではないからな。・・・朧だって同じことだ」

「でも、葵さんが・・・・・」

「ああ、気にしないで。見られるくらいだったら、別に関係ないから。お風呂に入っているときに、何者かのの襲撃があるかもしれないしね。だから、そういう恥ずかしさってのは今の私たち、忍者にはないわ。手を出す奴には、容赦なく罰を与えてやればいいだけだし」

 手を出した場合、お金では買えない素晴らしいものがプレゼントされる。
 ロングバケーションという、素晴らしいものが。
 ずっとベットで寝ているだけでいいというものである。

「そ、そなの」

 脱衣所に着き、私は着ていた戦闘服を脱ぐと、近くの籠に入れた。

「ほら、春菜も脱ぎなさい。汗かいたままだと、いくら半妖だからって風邪ひくわよ」

 私とヌヴィエム、そして師匠は、さっさと服を脱ぐと温泉に入っていった。一応言っておくが、露天だ。
 あとから急いで、タオルで身体を隠した春菜が温泉に入った。

「ふぅ。やっぱり温泉はいいな。気持ちがいい」

 私たちのうち、三人は極楽気分で温泉に浸かっていたが、若干一名、それどころでない奴がいた。
 春菜だ。
 彼女は顔を真っ赤にさせて、私たちから目をそらしている。

「ほら、春菜。こっちを向きなよ。そうやって目をそらしていても始まらないわ。まずは、なれることからやった方がいいわよ?」

「だって・・・・・」

 まったく、うぶだねぇ。
 頬が桜色に染まってるよ。

「半妖の娘・・・いや、春菜という名前か。春菜よ。主はもう、半妖であり、女だ。男ではない。それがどういうことか判るな? もう、元には戻れない。一生、そのままだ。だが、だからといって絶望することではない。お前は新たなる人生を歩みだしたのだ」

「だから、馴染めっていうんですか?」

「ああ。それにだな、その姿だったら誰も元男なんて思いもしない。逆に、その姿で女の姿に狼狽えている方が変に思われるぞ」

 ヌヴィエムは、春菜を説得しているらしい。
 さて、これで春菜がどう出るかだが・・・・・

「・・・・・・努力してみる」

 そう言った。

「だったらいいね。さて、春菜・・・・女の子の身体の洗い方というものを、教えてあ・げ・る♪」

 手を、わきわきと動かしながら言うのは師匠だ。
 その数秒後、春菜の絶叫が上がった。
 師匠が春菜に、どんなことをしたかというのは・・・・・とてもじゃないが、私の口からは言えないことだった。
 さて、あの二人は放っておくことにしようか。

「ねぇ、ヌヴィエム。なんでこっちの人間世界にきたの? 貴方ほどの妖魔が、なんの用事も無しにこっちに来るとは思えないんだけど」

 私は、あの二人から注意を背けるために、一番最初に頭にあった質問をヌヴィエムにぶつけた。
 ヌヴィエムは、顎に手をあてて暫く考えると、

「別に。私が、只の気まぐれでこっちに来ては悪いのか?」

 といったのだ。
 別に悪いって訳じゃないけど、何とも釈然としない。
 ヌヴィエム様は、私の顔がしかめっ面なのを見ると、笑い出した。

「・・・・・・何か、おかしい?」

「いや、立派になったよ。『焔』屈指の忍者というのも、嘘ではないな」

「茶化さないでください」

 私は、ヌヴィエムのサファイアのような目を見据えて、そういった。

「悪い悪い。葵の言ったとおりだ。私は、ちょっとした用事があってこっちまでで向いてきた」

 ヌヴィエムは、空に浮かぶ満天の星々を見上げた。

「だが、まだそれを話すには確証がない。だからまだ話せない。その確証がとれたとき、話すことにしよう。それまで私は、ここにいるからな」

 ・・・・・ヌヴィエムが、ねぇ。
 神獣級のヌヴィエムが動いたのだ。さぞかし厄介なことなのだろう。
 そして、いまやグッタリとなっちゃった春菜を抱え上げて、私は温泉から出たのだった。




       第三話 完

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