私は服部 葵(はっとり あおい)。
現代を生きる、忍者の末裔。
その忍者の仕事のうち、妖魔の世界を抜け出した妖魔達を元の世界に連れ戻すという仕事をやっている。
また、妖魔を操って悪いことをしようとしている奴をどうにかするのも私の仕事である。
さて・・・・今回はどんなことをするのかな?
忍者少女的戦闘生活
第五話 『忍者と妖狐と吸血鬼』
作者名:カイル
「この前は兄がお世話になったようね」
ごほ!
食事時であったが、幸いにして口になにも含んではいなかったので吐き出す、というはしたない真似をせずにすんだ。タイミングが良かったようである。
私は、その声のした方に顔を向けた。そこには、藍色の髪の一人の少女がいた。色白で、日焼けを避けているかのような肌である。
彼女はちゃんと制服を着込んでいた。まぁ、当たり前と言えば当たり前だ。
ここは、学校の屋上なのだから。制服を着ていなければ、不法侵入者か、転校生と相場が決まっている。
私と春菜は、いつもここで食事をしている。人に話せないことなどを話したりするためにだ。
そこに来る人なんて、ほとんどいない。寒い上に、数年前に自殺しかけた人がいるせいで、皆ここに寄りつかなくなってしまったのだ。
一体誰がこんな所に来たのかと思って、彼女の姿を見てみる。
ふむ……見覚えなし!
「葵さん、見覚えある?」
「ない」
春菜の言葉に、短く返答する。
確かに、見覚えはない。逢ったこともないだろうし、間接的に見たことさえないだろう。まぁ、同じ学校にいるので廊下ですれ違った、ぐらいが関の山だ。
それにしてもひっかかるのが、彼女の言った『兄』という言葉だ。
お世話になったって……
「分からないの?」
「兄って言われても、名前とか言われないと分かんない」
正直に、そうかえす。分からないものは分からないのだから。
「……私の名前はヴァージニア=クロイツ。カレアウの妹よ」
カレアウ……ああ、あの吸血鬼の……おおおおおお!?
いや、別に吸血鬼であるカレアウの妹がこの学校に通っていたことを驚いているわけじゃない。
事実、半妖の春菜だってこうして普通に学校に通ってきているし、妖魔が普通に通っている学校だって全世界の至る所に存在しているのだ。
私が驚いたのは……カレアウに妹がいたってことである。
しかも、結構可愛い。力は余り感じないが、それを隠していることだって考えられる。
「ヴァージニア、ね。呼びにくいよ」
「……友達からは、ジニーって呼ばれているから、そう呼んでくれると助かるわ」
そうっすか。
「じゃあ、ジニーは吸血鬼なわけね」
「正確には、ハーフね。人間の聖術師と、吸血鬼の」
「え、聖術師って…?」
……この前に話したことをすっかり忘れちゃっているね、春菜クンは……
私は、口の端が引きつるのを感じながら説明を始めた。
「聖術師ってのは、人間の中の潜在能力を使用した術師の一つよ。治癒の術と、防衛のための攻撃の術を習得した人達のことを言うの。同じように、魔術師ってのは術を攻撃的に特化していった者達のことよ。同じレベルだったら、攻撃力だけで見れば魔術師の方が強いの」
へぇ、と春菜は頷いていた。
……一通りは教えたはずなのだが……後でお仕置きが必要のようである。
「でもさ、聖術師と吸血鬼って、なんか関係悪そうだね」
その言葉に、ジニーも、流石の私もポカンと口を開けてしまった。
……それも、全部話したはずなのだが……
仕方がない。もう一度話すか。
「聖術師って言っても、悪魔を討伐する訳じゃないわ。キリスト教とはまったく無関係。故に魔術師と聖術師が恋に落ちる場合もあるし、聖術師と吸血鬼が結婚したって不思議じゃないわ」
「ねぇ、こっちの人って本当に焔に所属しているの?」
ジニーが心配そうに聞いてきた。
所属してはいるのだが、ホンのつい最近入ったばかりである。
いろいろと妖魔や『力』を使う者の名前と特性を教えたりしているのだが、それも頭には入っていないようである。
実戦の修行では滅茶苦茶に強かったくせに……
だけど、私はそれに応えずに、自己紹介に入った。
「……私は服部葵。一応忍者よ。んでこっちが、中村春菜。妖狐の半妖」
一応言っておくと、ハーフと半妖というのは違うものである。
どう違うのかと言われれば、こう答えよう。
半妖というのは、元々の人間に妖魔が力をあたえる、または自分で力を取り込むなどをして生まれる(春菜は後者)、後天的なものだ。元々の人間の力も使えるし、妖魔としての力も扱える。どちらかの力一方を強化することも可能なのだ。
それと違い、ハーフってのは人間と妖魔の間に生まれた、先天的なものなのだ。また、どちらかの力を強く受け継ぐことが多く、どちらの力も自在に扱うというようにはいかないものである。
見たところ、ジニーは聖術師としての資質があるようだ。最も、吸血鬼としての血も受け継いでいるからその特性もそれなりに受け継いでいるだろうが。
「それで、いきなりなに? あんたの兄さんの礼を言いに来たの? だったら無駄足ね。私と春菜は別になにもしちゃいないわ。あん時は、私たちの師匠が助けたんだからね」
初めにエレメンタラーと闘ったのは私だが、最終的に撲滅したのは師匠とヌヴィエムの二人である。
あの二人の強さは、反則ものである。
「別に、礼を言いに来た訳じゃないわ。兄さんがもうお礼は言ったと思うし」
だったら、一体何をしに来たのだろうか。
私は、手に握っていたおにぎりを口に含む。
適当に聞き流しておけばいいだろう、と考えいていたからだ。
私にとって、食事とは欠かせないものなのだ。忍者食として丸薬があるけれど、アレは味気なく、腹にもたまらない。故に、あれだけで日々を過ごすのはできれば勘弁したいところである。
だからこそ、私はこうやって美味しい美味しいお弁当を自分でつくって来ているのだ。
これこそが、学校に通う楽しみのうち、ベスト5に入ることなのだ!
「実は……探して欲しい人がいるの」
ふ〜〜ん。
もしゃもしゃとおにぎりを咀嚼して飲み込み、烏龍茶でのどを潤した。
「探して欲しい人の名前は……中村瞬君」
ぶぶ〜〜〜〜!
思わず、口にしていた烏龍茶を吹き出してしまった。
隣を見てみれば、春菜は顔が物凄いことになっている。彼女の名誉のために詳しい描写は避けるが、簡単に言えば『爆発』していたのだ。
「……どうしたの?」
……それが、頼みというのであれば既に目的は達成している。
読者の皆様も知っての通り、中村瞬は中村春菜になってしまっているのだ。
だけど、何で瞬を捜しているんだろう。
「……瞬のこと? 瞬だったら、従姉妹の春菜に聞きなよ。ね、は・る・な?」
意地の悪い声で、私は春菜に言葉を投げかけた。
案の定、彼女は少々パニックに陥っているようである。
それでもしっかりと、鼻から出ている米粒をふき取ってはいたけれど。
「あ、あのさ……なんで、しゅ、瞬を探しているの?」
その言葉に、ジニーは頬を赤らめて、こういった。
「言いたくないわ、ふふふ」
しかし、その桜色に染まった頬が、如実にものを語っている。
あんたももてるねぇ。
冷やかしてやりたかったが、それは後の楽しみにとっておくことにする。
今は、二人の対応を見て楽しまなければ。
「あ、しゅ、瞬は……ジュラシラマルって所に行ったはず……」
因みに、設定ではヴァルグリンドという、北欧神話でいう死者の門に行ったことになっている。
よほど混乱しているのだろう。ジュラシラマルなんて言う、訳の分からない言葉を吐くとは。
「そ、そのジュラシラマルってどこなの!?」
おい。
信じてるよ、こいつ。
その言葉に、更に春菜は慌てた。何たって、口から出任せの場所を行ったに過ぎないのだ。どこにあるかなんて、誰にもわかりはしない。
その慌てぶりを見て、彼女はどうやら勘違いをしたらしい。
春菜に詰め寄り、指と指の間にびりびりという電撃をならした。どうやら、雷の術を得意とする聖術師のようである。
「あんた、まさか瞬とつきあってるんじゃないでしょうね」
つきあえるわけがない。
何たって、本人なんだから。
当の本人も、それにはブンブンブンと、素速い動きで首を振っている。
しょうがない、助け船を出してやるか。
「春菜、来週にはちょっとだけこっちに帰って来るんだったよね、瞬」
「・・・・うぇぇ!?」
驚いた声をあげる春菜。
そりゃそうだ。今さっき、私が思いついたんだから。
「そんときに、会いたい人がいるって伝えればあいつだってくるでしょ。ってわけ。ジニー、じゃあ来週の日曜日、この場所に瞬を連れてくるわ。午後、一時にね」
私はそう言うと、この屋上からさっさと逃げ出すべく、残っていたお弁当を素速く処理して、さっさと逃げ出した。
春菜と、ジニーをおいて。
どんな修羅場になるかはちょっと楽しみだったが、春菜の方もさっさと逃げ出してきたらしい。
……ちぇ。つまんないの。
「ちょ、ちょっと葵さん。瞬を連れていくって……無理だよ。だって、ボクなんだし」
こいつ、自分がどういう能力を持っているか忘れているようだ。
私は、春菜のほっぺたをムニッとつかむと、横に引っ張った。
結構柔らかい彼女のほっぺは、さほど苦もなく引っ張ることが可能なのだ。
「ひはひ(痛い)」
「あんた、自分は何の力を受け継いだ半妖だか、忘れたの?」
「ふぁふへへはひほ(忘れてないよ)。ほうほほひへほひははほふへふひはんはっはほへ(妖狐の力を受け継いだんだったよね)」
「じゃあ、妖狐の一般的な能力を二つ、応えなさい」
「ひふへひほへんへほひはは(狐火と変化の力)……あ……」
どうやら、気がついたらしい。
まったく、自分の力の使い方ぐらい、ちゃんと考えられるようになっときなさいよ。
私は、ほっぺたを引っ張っていた手を放した。
「ふぅ……つまり……変化して会いに行けって?」
その言葉に、私は首を縦に振った。
当然である。それしか、ジニーに瞬を会わせる方法はない。
別に師匠やヌヴィエムに瞬役を頼んでもいいんだけど、やっぱりここは本人が行かなければ、意味がないだろう。
「……正体をばらすってのは」
「別にいいけど、ジニーが何年何組なのか、分かるの?」
『あっ』と、春菜は呟いた。
実を言うと、私が調べるのは簡単である。
ネットに繋がったパソコンさえあれば、学校のデータベースにハッキングしてデータを盗み出すくらい、訳はない。
一応私は忍者だから、そう言う隠密系のことは小さい頃から叩き込まれているのだ。
……ハッキング方法は最近覚えたんだけど。
「わからないんでしょ? だったら、次に逢うときにそれを喋ればいいじゃない。……そろそろ掃除の時間だから、私はいくね」
呆然とする春菜をそこにほっぽいて、私は自分の掃除区域である中庭に向かった。
因みに春菜は教室である。
さて、次の日曜日。春菜は、ジニーにあってどうするのか……非常に楽しみである。
☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆
あっという間に日曜日になった。
春菜は、朝から瞬に変化していた。結構慣れたらしく、二〜三日程度なら変身したままでいられるらしい。
服はどんなのにしようかと相談を受けたけれど、自分で決めろと冷たく言い放ってやった。
ふふふ、私は瞬とジニーの相まみえる時を楽しみにしているのだ。
瞬には、二人きりで逢ってきなさいと言っておいたが、結果報告を聞くだけという馬鹿な真似はしない。
当然、覗きに行きますよ。
私は忍者だ。だから、隠れて観察するぐらい、どうってことはない。
因みにそれを師匠とヌヴィエムに言ったら、ヌヴィエムは下らないと言っていたが、師匠は隠れて覗くみたいである。
カチンコチンになった春菜……もとい、瞬は十二時三十分に、出かけていった。
師匠は既に行動に移っている。私も、早く行動に移らなければ。
急いで忍者服に着替えると(この服の方が隠密行動がしやすいのだ)、私は素速く学校に向かった。
途中、瞬の姿を見たけれどそれを無視して、学校へと急ぐ。
鍵はかかっていない。今日の朝早くに春菜と共にここに来て、屋上までの扉を全て開けておいたからだ。
だけど、私は扉を使わずに壁を床代わりに、屋上に急いだ。
忍法、壁走りの術である。
屋上に人影はない。ついでに言うと、気配もない。
だけど、どこかに師匠が隠れているはずだ。
私は、貯水タンクの模型キットを懐から取り出した。
一つぐらい増えても、別に気付かないだろうと言う目論見である。
この、模型や着ぐるみを使用して隠れる術……これこそ、忍ぐるみの術である!
あ、いや……端から見て、かなり間抜けなのは分かるけど……
それはともかく、その貯水タンクの模型を素速く組み立て、その中に入り込んだ私は、どっかと本家本元貯水タンクの横に腰掛けた。
ここからならば、声もしっかりと聞こえるし、多数つけられた覗き穴から様子をうかがうこともできる。
ややあって、瞬がやってきた。
傍目から見ていて、緊張しているのが分かる。
私は気配を断って、見守ることにした。
一体師匠がどこに隠れているのかは分からない。でも、あの状態の瞬を見てさぞかし笑っているに違いない。
帰ったら、遊ばれること間違い無しである。
こればかりは断言できる。
……お。
校門の所に、ジニーの姿があった。緊張しまくっている瞬は、それに気付くはずがない。
ややあって、ジニーがこの屋上に姿を現した。
「あ、中村、瞬君ですよね……」
私たちと会ったときと違い、礼儀正しく……それでいて、初々しい空気を流しつつ、瞬を見つめていた。
見つめられる瞬は、元々赤くなっていた顔を更に赤くさせてこういった。
「あ、うん……は、春菜から聞いたよ。ヴァージニア=クロイツさんだよね?」
「はい……嬉しいです。名前、知っていてくれて……」
う〜〜〜ん、これは見ていて面白い。
こんな場面、実際に見ることなんて普通はないから。
こみ上げてくる笑いを押し殺しながら、私はじっくりとその二人を覗き……もとい、観覧していた。
「瞬さん」
お、君がさんに代わっているぞ。
瞬が気付いた様子はないけれど。
「……私と、闘ってください」
………………………………………………………
沈黙が、舞い降りた。
一瞬にして、瞬の顔色が変わった。
「どういう、こと?」
「私、強い人が好きなんです。私はずっと前、貴方の仕事をしているところを見ました。格好良かったです。でも、どれくらい強いのかは分かりません。ですから、闘ってください」
頬を桜色に染めつつも、彼女はそんなコトを宣った。
宣いながらも、戦闘態勢をとる。対する瞬も、それが本気と見たのか構えをとる。
おいおいおい。
確かに瞬は強い。春菜の時にしか闘ってみたことはないが、瞬の……春菜の短刀捌きは、危うく私の命を奪うところまで行ったのだ。本気でやったにもかかわらず、である。
おそらく、春菜と武器のみでの闘いをした場合、勝つのは春菜だ。
だけど、彼女は技に乏しい。狐火を覚えたとはいえ、覚えてから日が浅い。
狐火を使った戦闘の上での駆け引きが、まるでできていないのだ。しかも今は瞬の姿だ。狐火なんぞを使えば、一発で化けていると言うことが分かってしまう。
片や、相手は聖術師と吸血鬼のハーフ。
どちらも『力』の扱いに長けたものである。
私が見る限りでは、彼女は武器を使った攻撃が得意とは思えない。
つまるところ、五分五分。瞬が接近戦で一気に仕留めてしまうか、ジニーが『力』を使って瞬を仕留めるか。
どちらにせよ、私が手を出すところではないということだ。
瞬は、懐からごつい短刀を取り出した。更に、ポケットから小振りのダガーを数本、取り出す。
左手握った、小振りのダガー……シューティングダガーが、瞬の手から投げ放たれた。。
投擲されたシューティングダガーが、的確にジニーの足を狙う。それを見計らったのように、ジニーは避けるが……瞬はそれを元々計算に入れていたらしい。素速い動きで歩み寄り、ナイフを鞘に収めたまま、斬りかかった。
「そのままで闘うつもりなんですか、瞬さん」
「……殺されたいの、そんなに」
そう言う瞬の目は、ホンの少しだけ冷たさを持っていた。
まだ、完全に冷酷になっていない。瞬は、冷酷なときは完全に冷酷に徹する。相手を殺すことも、いとわないほどに。
「貴方に、私が殺せるのですか?」
「………」
この言葉を聞き、瞬は押し黙った。
そうなのだ。瞬は、理由がないと人を殺せない。
陳腐な言い方だが、自分なりの正義を貫き通しているのだ。
「確かにボクは君を殺せない。でも……」
瞬は、油断していたジニーの足を切った。
「殺さずに、動きを止めることだってできる」
だが、その言葉にジニーは笑った。
私は、その理由に気付いている。
あの馬鹿は、それに気付いていないようだけどね。
「あのね、私は聖術師としての力があるの。だからこれくらいの傷……簡単に治せちゃうのよ」
そう言って、彼女は斬られたところを瞬に見せつけた。
瞬の目が、大きく開かれる。
「それに、私はまだ攻撃していないわ……耐えられるかしら、この攻撃に!」
ジニーの掌から、雷撃が迸る。
その速さを目で追えるはずがない。
瞬は、ほとんど勘でそれを避けていた。雷は、瞬のいたはずの場所をこがしていた。
「ふふふ、避けられたのね。でも、何度もそのまぐれが続くはずがないわ。今度は、広範囲で……」
再び、雷撃が迸る。
轟音と共に、瞬の身体を雷が趨っているようだった。苦悶の表情を浮かべている。
「あら、残念ね。期待していたほど、強くなかったかしら?」
「まだ、終わっちゃいないよ……」
瞬は、立ち上がった。その顔に、不敵な笑みを浮かべている。
一体、何を考えているのかは分からないが……できれば、こっちの方にとばっちりを来させないで欲しいね。
「それに、雷なんでしょ、それ……だったら、こっちとしても、策はあるからね」
一体どういう策なのか、気にはなったがその時になれば分かるだろうということで、考え込むのはやめにした。
瞬は、走った。ジニーの元へと。
「雷を撃たせる前に攻撃? 甘い発想ね!」
再び、彼女の掌に雷が集中し始める……そこで、瞬の目が光った。
彼女の掌目掛けて、瞬はシューティングダガーを放ったのだ。
放たれたダガーは、集束していた雷にぶつかり、その雷はどういうことか、地面に流れていった。
「な!」
突然起こった現象に、驚くジニー。しかし驚いたのは彼女だけではない。
私でさえ、驚いてしまった。一体、どういう手を使ったのだろうか。
彼女が驚いたとき、隙ができた。そしてその隙は、瞬にとっては十分すぎるものであった。
その名を表すかの如き瞬速で、彼女の胸元にナイフを突きつけた。
「チェックメイト」
ジニーに、動きはなかった。
まさか、ただの人間に雷を散らされて負けるなんて思っても見なかったのだろう。
「負けたわ……でも、一つだけ教えて。どうやって、私の雷を無効化させたの?」
それは、私も知りたかった。
ただ、ナイフを投げただけで雷を無効化できるはずがない。
「ああ。その、シューティングダガーを見てみなよ」
私は、目を凝らしてそのナイフを見てみた。なんか、キラキラしたものがナイフの刀身に結びつけられていた。
「妹の詩音からの誕生日プレゼントだったんだよ、それ」
誕生日プレゼントって、それが?
その、ナイフに結びつけられていたもの。それは、鋼鉄の糸である、鋼糸であった。鉄や鋼など、簡単に切り裂き、聞いた話によればダイアモンドでさえ切り裂いてしまうらしい。……眉唾だけど。
それはともかく、これで合点がいった。
鋼糸は、今さっき言ったとおり……鋼鉄の糸だ。当然、電気を通しやすい。
即ち、瞬はあの鋼糸をアース代わりに使ったのである。考えてみれば単純な方法ではあるものの、いきなりそれをやられたら慌ててしまうのも致し方ないというものだろう。
「……瞬さん……」
そう言いながら、ジニーは瞬に抱きついた。変わり身の早い奴である。
免疫がないのか、爆発したように瞬の顔が赤くなる。
「強い人って、素敵です」
「あ、いや……ボクは……その……本当のことを、話に来たんだ」
よく分からない、と言う顔をするジニー。その顔が、何かに気付いたかのようにハッとなる。
「もしかして、春菜さんと付き合っているとか?」
……この前違うと言ったばかりなのに、まだ言うかこの女は。
違うと、首を振る瞬。
「実は……ボクは、人間じゃなくなったんだ」
突然の告白だった。
言っていることの意味が分かっていないのか、呆けてしまっているぞ、ジニーは。
「だから、ボクがこの学校からいなくなって、代わりに春菜が来た理由ってのは……」
そこで、言葉を切った。
瞬の頭から、白銀の耳が飛び出す。お尻から、七つの尻尾も出てきた。
不意に、瞬の身体が光を放ち……その光が消えたとき、そこには春菜がいた。
白い服を着て、銀髪に尻尾と耳をはやした少女の姿で。
「こういう訳なんだ。ボクは、瞬だった。でも、今は春菜なんだよ」
ジニーは無言だった。
肩を、ぶるぶると震わせている。
「もっと、早くに言うべきだったね。ごめん……」
その『ごめん』という言葉を呟き、春菜は変化した。
鳥の姿に……
鳥の姿になった彼女は、羽ばたきながらどこかに行ってしまった。
あとに残されたのは、貯水タンクに変装した私と、下を向いて肩を震わせているジニー。そして、近くにいるはずの師匠だった。
「おわったか」
不意に、声がかけられた。
どうやら、私が入り込んでいる貯水タンク擬きの真上のようである。
こっそりと抜け出してみると、そこにはヌヴィエムの姿があった。
師匠ではありえない雰囲気を醸し出しているから、間違いなくヌヴィエムである。
「あ、何だ。ヌヴィエムも来ていたのか」
ぶ〜〜〜んと飛んできた蜻蛉が、いきなり白煙を上げて破裂した。
その白煙の中から出てきたのは……師匠である。
まさか、蜻蛉に化けて覗いていたとは……予想はついていたけど……本当にやるとは思っていなかった。
「それにしてもヌヴィエム。あんた、下らないとか言ってなかったっけ?」
「ああ、言ったな。だが、春菜のあの緊張具合をみてな」
……未だに掴めない。このヌヴィエムの性格。
私は、ヌヴィエムの言葉に呆れつつもジニーの方に視線を移した。
未だに呆然としているジニーの姿……う〜〜〜ん。
明日、学校でどうなってしまうのだろうか。
ああ、春菜の明日は如何に!?
☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆=★=☆
そして……月曜日のお昼休み。
私と春菜は、いつも通り昼食をとっていた。
春菜に昨日のことを聞いてみたけれど、はぐらかされるだけであった。
まぁ、見ていたからいいんだけどね。
……私は、耳に神経を集中させていた。
どんなに小さな足音でも、聞き取るための。
そして、こつこつという階段を上る音が、私の耳を突いた。
来た……
「葵さん、どうしたの? いきなり怖い顔して」
失礼な。
神妙な顔、といってほしいものである。
「そんなことより、お客さんよ」
春菜の顔が、凍りついた。
恐らくは、誰が来たのかを察したからだろう。
「ひとついっておくけど、逃げちゃだめだからね」
にこやかに、くぎをさす。
逃げ道を失った春菜は、怯えたウサギのような目で見つめていた。
顔は真っ青である。
これが、『瞬殺の悪魔』と恐れられた殺し屋と同一人物だとは到底思えない。
私は、笑いを押しとどめながら観察することにした。
がちゃり
いつになく、重く感じる扉の音。
そしてそこには、みんなが予想したとおりの人物がいた。
ずばり、ジニーである。
「春菜さん……いえ、瞬さん」
彼女が何を話に来たのかは分からない。でも、少なくとも私に害はないだろう。
さて、どうなることやら。
「な、なに……?」
引きつった笑いを浮かべる春菜。うん、彼女の精神状態は現在非常によくない。
「瞬さん!」
一瞬の出来事だった。
ジニーは、春菜を襲った! ……もとい、抱きついた。
突然の出来事だったので、抵抗するひまもなく春菜は抱き疲れている。それどころか、何が起こったかすらわかっていないらしい。
彼女は、近すぎるほど近い位置にあるジニーの顔をまじまじと見つめた。そして、かぁぁっと、顔が赤くなった。
どうやら、今の状況を理解したらしい。
なぜ、そんな行動に移ったのかはわからないみたいだが。
まぁ、私はこっそりと携帯電話のカメラを使って、そこを激写した。改造して音を出さないようにしているので、二人がそれに気づくはずがない。
顔を真っ赤に指せた春菜が、じたばたと暴れた。でも、しっかりと抱きしめられているので、意味はない。
「じ、ジニーさん!」
「さんだなんて……呼び捨てで呼んで」
ポッと頬を朱に染めながら、そんなことをいうジニー。
「いやだから、何でボクに抱きついているの……?」
……いや、大体わかるでしょ。
状況というものを考えなさい。
「瞬さん、いえ……春菜さん。あなたは強かったです。妖狐なのに、狐火も使わずに私に勝つことができるなんて……」
答えになっていなかった。
だけど、突っ込むことを私はしない。この状況というものは、めったにお目にかかれないから、しっかりと見学させてもらっておこう。
「私は、強い人が好きです! 貴方は、格好良くて、可愛くて、強くて……」
愛の告白ってやつですねぇ。
でも、こういうのって普通二人きりのところでやるのがセオリーなのでは?
モシカシテ、ワタシッテガンチュウニナシ?
ま、いいけれどね。
「いや、ボクは……」
「愛に、性別なんて関係ありません! 好きです! 春菜さん!」
……別に、私は人の性癖なんて気にしないからいいけれど。
さて、春菜はどう答えていくのかな?
「え、え、え〜〜〜〜〜!! あ、あ、あ、あ……ああああああ……ぷしゅ〜〜〜〜」
あ、壊れた。
……大丈夫か、あれは。
髪の毛が、白銀色に戻り始めているぞ。
微妙にスカートの後ろの部分が膨らみ始めているのは、尻尾のほうも出かかっている証拠である。
……この告白、どうやら春菜にはあらゆる意味でダメージがでかすぎたらしい。
「は、春菜さん!」
目を回しながら昏倒する春菜を揺さぶるジニー。
……天然記念物並に、女性に免疫がないな……自分も女だってのに。
気絶した春菜は、ジニーに任せることにして……私はさっさと退散することにした。
と、いうよりもすでに見ていても面白くなくなった、というのが本音である。
気絶してしまっては、その後の展開がなくなってしまうからね。
屋上から出たところで、思いっきり伸びをしながら私は思った。
また、変なやつが増えたものだ、と。
第五話 完
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